開戦、その249~夢の跡と笑う者⑨~
倒した相手は誰もがそれなりに名のある将だろう。だがこの中に、大将首はいない。誰も互いを守らなかったからだ。
「大将首は、どこだ?」
リサがいれば、即座に場所を割り出すだろう。レヌールでもできるかもしれないが、この作戦にそこまでのセンサー能力の者は同行させていない、させることができない。機動性が高すぎるゆえに、部族の騎兵に同行できる身体能力を持つセンサーはほとんどいないのだ。判断は全てエアリアルに任されているが、眼前には宙に舞い始める竜騎士の軍団が出現し始めていた。夜の闇をすっぽりと被ったように、不気味な光景が広がっていく。炎と闇の多比に、雄々しいはずの竜騎士の軍団が死肉にたかる不吉な鴉の群れに見えてしまう。
当然ながら、たかが200程度の火砲で万を超える軍を壊滅させることができるなどとは誰も思っていないとしても。想像以上に時間は残されていなかった。
「チッ、さすがに対処が速い。やはり他にも飛竜が休息している場所があったようだな」
「隊長、竜騎士の軍団が!」
「わかっている! 探せ、なんとしても大将首を取る!」
馬を捨てて離脱できないエアリアルたちは、つまりは決死隊のようなものだ。大草原の馬と馬術ならば竜騎士の追撃もある程度かいくぐることができるとはいえ、空を飛ぶ飛竜の軍団と我慢比べをするとなれば、全滅に近い損害を受ける可能性は高い。
追撃を防ぐには、大将首を取って敵を混乱に追い込む必要がある。エアリアルは一層集中した。
「(感じろ、風の流れを。センサーでなくとも、もっとも敵の中で大切に守られる相手のことを感じ取るんだ。追い込むほどに、敵はそこを守ろうとするはずだから)」
エアリアルは風の流れを読もうとする。ウィンティアは遠征についてきているが、この場にはいない。彼女は自らの力を戦場で振るわれることをよしとしなかった。エアリアルにとっても、それは同意見だ。上位精霊の力を戦争に利用してよいはずがない。力とは、風とは、そんなことのために振るわれるべきではない、もっと自由なものだ。
戦場はどこもかしこも混乱していた。今上昇している竜騎士の軍団も必ずしも全員が隊列を組んでしているわけではなく、それぞれの判断で上昇していると思われた。
エアリアルが右手を上げてそちらの方へ振り下ろすことで、部族の騎兵たちはいっせいにそちらへと向かっていった。あの高度なら、イェーガーの弓矢は届く。もう少し時間を稼ぐことができるだろう。
エアリアルの集中力が一段階増す。まるで大草原のように敵陣全体の風の流れを感じてると、その中に一か所だけ風がまるで流れていない穴のような場所があることに気付いた。
「(なんだ、風が吸い込まれて――いや、風が流れていないのか。そんな馬鹿な)」
エアリアルはもっとその場所を探ろうとしたところ、穴のような場所はその位置を変えていた。その速度はまるで、人が歩いているように。そして、穴がこちらをくるりと見たような気がした瞬間、シルフィードが怯えたようにいなないた。
「シルフィード? どうした!」
どんな危機にも、どんな危険な魔獣を目の前にしても動揺したことのない愛馬が、恐怖の声を上げた。
同時に気付いたことはそれだけではない。風が流れていないのではない。風の精霊たちも怯えてその場所を避けて通っているのだ。
「虚ろがいるのか? いや、違う。まさか、人間か!?」
エアリアルは無意識のうちに、そちらに向かってシルフィードを走らせた。この根源の正体を、確かめねばならない。それは精霊を感じることができる人間の役割だと、強く思ったのだ。
シルフィードもまたそんな主の思いを汲み取ったのか、二度と嫌がりはしなかった。それでも歩みがわずかに遅いのを、エアリアルは馬上で敏感に感じていた。
それでもなお、エアリアルはシルフィードに鞭を入れた。愛馬である以上に友人たるシルフィードに、元来鞭など必要ない。我が意はシルフィードの意図であり、シルフィードのしたいように鼻先を向ければ全て上手くいってきた。だがシルフィードの意に反してまでも、この相手を確認する必要があるのだ。
「(天敵だ! 我の、いや、アルフィリースの! これには勝てない、アルフィリースを出合わせてはいけない!)」
エアリアルがさらに鞭を入れてシルフィードの速度を上げる。夜の闇の中、慣れない敵陣でシルフィードの速度を最高に上げることがどれだけ危険なことか。それでもなおエアリアルが危険を冒した先に、その敵が近づいた。天幕らしき物陰からその敵が出てくる瞬間、エアリアルは無言で手裏剣を全力で投げつけた。
6方向からうなりを上げて手裏剣が襲い掛かる。そしてエアリアルが放つ必殺の矢がさらに三本。弩弓のごとき勢いの矢が、相手を鎧ごと貫かんと襲い掛かった。
次回投稿は、8/6(日)23:00です。