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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その248~夢の跡と笑う者⑧~

 燃え上がる炎、たちまち沸き起こる悲鳴と怒号。それらを聞くまでもなく、イェーガーの部隊は次の行動に移り、コーウェンが再度手を上げた。


「誤差修正、着弾点を50馬身後方に!」

「第二射用意! 仰角2度上げ!」

「第二射弾込め完了!」

「半数、撃てー!」


 普段声の小さいコーウェンからこれほどの声が出るのかと思うほどの声量。右端の大砲から着火し、順次発射されていく様子は芸術的ですらあった。

 再び、着弾。夜目のきく部族の者が確認し、おおよその効果と着弾点を測定する。残り半数の砲は弾込めが完了し、コーウェンの合図を待っている。


「着弾――80馬身先、効果は充分!」

「仰角0.5度下げ、第三射用意!」

「0.5度下げ――撃て!」


 砲兵長の合図で、今度は左から順次撃ちこんでいく。その着弾を部族の兵士が確認すると、腕をぐるりと回した。


「着弾を確認! 本営と思しき天幕から火が上がっています!」

「3射で最大の効果ですねぇ~」


 コーウェンには確信があった。竜騎士がセンサーを兼ねるのは知っている。同時に、空からのセンサーでは地中を探るのは非常に困難なことも。

 アルフィリースからの情報で知っている。彼らが夜間の警戒業務を地上軍に任せ、飛竜をほとんど休ませることを。

 気候を知っている。この地域は冬から春にかけて何度か嵐のような天候となることがあり、その後に空気が一気に乾いて風が凪ぐことを。天候の乱れが多い紛争地帯において、アレクサンドリアに近いこの地域だけはほとんど天候の変化が一定であることも。

 地理を知っている。この地域は平地に見えて起伏の緩やかな丘が多く、竜騎士さえいなければ接近する騎兵が見えにくいことを。

 ローマンズランドがここで休むことを知っている。そのために偽の情報と本当の情報を交えて流し、彼らの部隊を分散させ、わざと食料と物資を配置してここに誘導した。あとは砲身を最初からここに埋めておき、砲架は簡易なものを現地で作成。坑道を掘って最後は近づき、それらを組み合わせて撃てばいい。

 どのみち竜騎士が上昇してくるまで5射も撃てれば十分なのだ。砲身や砲架もその間だけもてばいい。

 4射目を一斉砲撃して、コーウェンは近くにいたエアリアルに声をかけた。


「竜騎士の部隊はどうでしょうか~?」

「反応の良い竜騎士が何体か浮上を始めたようだ。やはり最初の目論み通り、5射が限界だろうな」

「砲身を敵の手に渡さないために~、爆破して坑道から撤退します~。あとはお願いできますかぁ~?」

「任されよう。我々の馬なら竜騎士ともある程度渡り合えるだろうからな」

「ちゃんと引き際は見極めてくださいね~。まだ死なれては困りますよ~」

「このような戦場に命を懸ける気はない。これは勝ち戦なのだろう? ならば成果を確認して、撤退するだけさ。竜騎士の部隊は左2度、右3度、それぞれ150馬身後方にかたまって休んでいる。撃ちこめるか?」

「お任せあれ~」


 ハァ! とエアリアルは気合を入れてシルフィードの手綱を引くと、部族の部隊を100騎ほど率いて出陣した。その彼らの頭上を大砲の弾が飛ぶ。いち早く空中に上がって旋回しようとした竜騎士のその先着弾直撃して粉々にすると、次々に100発の大砲が竜騎士の部隊に着弾して阿鼻叫喚の渦となる。

 大混乱をきたした竜は自ら火を吐き、ともがらであるはずの騎士を焼き、ローマンズランドの本陣は火の海になった。その中に、エアリアル率いる騎馬部隊が火をかいくぐって突撃した。

 風の魔術で炎を押しのけ、白馬にまたがるエアリアルが突撃する様は炎を纏う獣のようだった。煉獄から使者が来たと勘違いしたローマンズランドの兵士たちは、ほとんど抵抗らしい抵抗もできないまま、逃げまどって道を開けた。


「余計な戦闘をするな、追い立てれば炎に巻かれて死ぬ! 抵抗する奴らだけ相手しろ!」

「欲しいのは大将首だけだ! ひと際大きな天幕を探せ!」


 エアリアル率いる部隊は疾風のように駆け抜け、遠目から確認していた場所へと一目散に駆けた。そして目標とする天幕に斬り込むと、中には身分が高いと思しい立派な鎧を着こんだ戦士を確認した。全員ではないが、彼らはまだ打ち合わせをしていた者、あるいは戦闘を聞きつけてここに集合した者もいたのだ。


「何奴!」

「曲者だ!」


 だが中にいた諸将たちが武器を抜くと同時に、斬り込んできた部族の兵士が外に飛び出した。何事かと諸将の動きが止まって訝しがると、直後に天幕の中にすさまじい勢いの矢が嵐のように飛んできた。


「ぐあっ!」

「がっ!」


 強弓から放たれた矢は、諸将の鎧を容易く貫いた。半数が絶命し、残りの半数も武器を支えに立ち尽くす中、それでも前を無効として外から無慈悲な声が聞こえてきた。


風剛剣陣オーバースライサー


 丁度首の高さで、天幕が真っ二つに裂けた。風に煽られて外が見えると、そこには炎に照らされ、風にたなびく緑の髪の女戦士が凛と立っていた。

 その姿を見て体が「ずれる」ことに気付いた諸将の一人が、思わずつぶやいていた。


「死神と、は・・・美しいのだな」


 どう、と倒れた諸将を見て、エアリアルは顔色一つ変えない。戦果は充分なはずだ。だが同時に、思ったほど余裕がないこともわかっていた。



続く

次回投稿は、8/4(金)24:00です。

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