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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その247~夢の跡と笑う者⑦~

「竜騎士の警戒網は優秀ですよ。彼らの中にはセンサーを兼ねる者もいて、それらが定期的に空を巡回しているのです。彼らの隙をどんな敵がかいくぐれると?」

「その警戒網、一分の隙もなく完璧なのか?」

「夜間にも巡回はしています。飛竜は夜目がきかないとはいえ、明かりという目標さえあれば飛べますから」

「重ねて言う。『一分の隙もなく』完璧なのか?」

「・・・そのはずですよ」


 無論何事にも完璧はない。だが竜騎士の軍団を相手にすれば、夜襲をかけたとて全滅させることは難しい。一度竜騎士が飛び立ちさえすれば、馬以上の速度で追いつかれ、火箭による十字砲火をかけられるのだ。本陣だけで竜騎士は5000近い数がいる。そんな場所に夜襲をかけてくる愚か者がいるのだろうか。クラウゼルが知る限り、そんな兵法を記載した教書は存在しない。やるとしたら玉砕覚悟の決死隊だが、成果を確認できない決死隊に意味はないだろう。

 だがクラウゼルがわずかにぶれたのを見逃さなかったのか、ゼムスが酷薄に告げた。


「今夜だ」

「はぁ?」

「なにかあるとすれば今夜だ。もしそうなれば、俺と特務少尉は予定通り動く。そのつもりで準備をしておけ」


 ゼムスもまた、クラウゼルに説明のつかない勘の冴えを見せる。その勘が告げるのだろう、今夜何かが起こると。

 もし何かが起こるとすれば、それを見てみたいものだとクラウゼルは考えた。そしてアウグストがいる本体とは少し離れた場所に用意しておいた予備の天幕へと、念のため避難しておくことにしたのだ。


***


 コーウェンは静かに丘の上で夜風を受けていた。頭の中を様々な思いが去来する。物心ついた時に、既に大人が組み立てるのが困難な玩具で遊んでいたこと。7歳の時には学問都市メイヤーの大学入学試験を解いてみせたこと。12歳の時には兵法論で教官を言い負かし、14歳で新しい物理理論を論文にして発表したこと。そして自分に絶対の自信を持ち始めたころ賢人会に召集されてクラウゼルと出会い、盤上軍議で完膚なきまでに負けたこと。

 以降何度戦っても勝てず、どれほど眠れぬ夜を過ごしたことか。それもアルフィリースと出会うまでのことだった。


「別にコーウェンが勝たなくてもいいんじゃない?」


 アルフィリースのその一言で目が覚めた。何も一人でクラウゼルに勝つ必要はない。最終的に勝てば、いや、生きてさえいれば勝ちなのだ。クラウゼルが腑の病で長くないと知った時、その気持ちは確信になった。勝ち逃げされるのではなく、これから先自分が生きて成し遂げられることを考えれば、人生の最後には自分が笑っていられるだろうなという手ごたえ。おそらくは、クラウゼルはそれがわかっていたから生き急いだのだ。自分はゆっくり構えてさえいればいい。

 だがどこかでひっかかりを覚えてもいた。そうした忸怩たる思いを見越したように、アルフィリースは告げたのだ。


「ねぇ、同じ遊戯で勝たなきゃ駄目?」


 アルフィリースは遊戯だと言いきった。それはアルフィリースの感覚ではなく、自分たちが世の中をどのように見ているかを正確に言い表していると思った。アルフィリースは自分たちのことを良く理解している。学問においては自分にもクラウゼルにも一歩も二歩も遅れると、アルフィリースはわかっているのだ。

 だから歩み先を変えることができる。同じ方法では戦わない。別の所から、相手の予想もつかないやり方で、たった一度だけ完全に勝利する。コーウェンがたどり着いた結論だ。

 そしてその方法を得るに至った。コーウェンは大きく息を吸い込むと、ゆっくり吐いた。今から自分が下す命令で、ローマンズランドを壊滅させる。歴史に残る戦いの指揮を執ったことになるだろう。ひょっとしたら、虐殺の汚名を被ることになるかもしれない。いや、きっと教書にはそう刻まれる。だが英雄として載るよりも、余程そちらの方が似合っていて、そして痛快な気がしてコーウェンは微笑んだ。

 その微笑みを見て、隣のエアリアルが怪訝そうにのぞき込む。


「悪い顔だな」

「ええ~、酷いですぅ~」

「だが似合っている」

「それ、褒めてますぅ~?」

「アルフィにそっくりだ」


 エアリアルの言葉に、満足そうにコーウェンが笑った。大きな声を出して笑うのは、いつ以来のことか。ひょっとすると幼い時以来のことかと思い、コーウェンはおかしくなった。


「ではいきます。総員、用意!」

「総員準備! 弾込め!」


 コーウェンの通る声と共に、エアリアルが吠えた。もう声が聞こえても構わない。今更逃げられはしないのだから。

 ラインは良い機会を作ってくれた。アレクサンドリア攻城戦において、十分すぎる試射の機会をくれた。その経験を基に、砲兵が熟練した。そして嵐の後、乾いた風が流れることもこの季節、この場所に特徴的だ。申し分なく威力が出せる。


「一斉砲撃!」

「撃てー!」


 合図と共に火砲が一斉に火を噴いた。その数、実に200。夜空に伸びる一直線の火箭が弧を描いて地面に落ちると、轟音と共にあたり一帯が昼のように明るくなった。



続く

次回投稿は、8/1(火)24:00です。

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