開戦、その244~夢の跡と笑う者④~
「今の話・・・それこそ、冗談だよね?」
「俺も冗談ならと、何度考えたことか。だけどよ、考えれば考えるほどに、そうとしか思えなくなってきた。バーゼルの屋敷に行くのは、むしろ疑いを晴らすための証拠探しだ」
「理屈はわかる、理屈はわかるよ? だけどそんなこと――それこそ、天空に目でもついていない限り無理じゃないの?」
「そうだ。いや、それでも無理だな。千里眼のような魔眼でも、同時に複数個所を見ることは不可能だと聞いたことがある。そりゃあ理想だぞ? 『同時』に『複数』の戦場の様子を確認しながら、それぞれの場所に増援を送り込むことができる。そんなことができたのなら、誰も勝てやしない。いかなる戦略も戦術も無意味だ。そんなものに対抗できるとしたら、ただ一人」
「アルフィリース団長だけ・・・?」
ラインは半信半疑のように、黙って頷くでもなく俯いた。ラインをして、何もかもが信じられないのだろう。
しばしの沈黙の後、ラインはゆっくりと顔を上げた。
「ともあれだ。この戦いの後、アルフィリースが何をどう感じ、どう考えるのかを聞いてみたい。事と次第によっちゃあ、今よりも辛い決断と戦いが待つことになるだろう。レーヴァンティンの出番があるとしたら、その時かもな」
「――わかった。いつも最悪の、その先を想定しろってことだよね。僕も覚悟は決めておく」
「悲壮な決断はしてくれるな、決意だけでいい。剣を振り下ろす先を決めるのは、俺とアルフィリースの仕事だ」
「ありがとうございます。ただ僕もただの武器でいるつもりはなく、意志ある剣のつもりです。必要だと思えば、躊躇なく剣を振るいますから」
「そうか――わかった。ダンサー」
「・・・うん?」
部屋の隅で小さくなっていたダンススレイブが顔を上げた。気配を消して他人事のように過ごしていたが、ラインの命令に従ってよろよろと立ち上がった。
「使えない魔剣の私に何か用か?」
「自己評価が下がってるな、面倒な奴め。お前はレイヤーを仮のマスターとして、ちょっとアルフィリースの所に行ってこい!」
「そ、それは――クビか? クビなのか!?」
ラインの命令に、さっとダンススレイブが青ざめた。突然ラインの胸倉を掴むと、レイヤーが見たこともない表情でダンススレイブが切実に訴えた。
「それは主を変えろということか!? もう私に飽きたのか? 散々弄んでおいて、ひどい!」
「人聞きの悪いことを言うな! ちょっとお使いに行けって言ってるだけだろ!」
「それは夫がいるのに、他の男と浮気しろと言うのに等しいぞ! それとも寝取られ趣味なのか!? それならいっそこの場で裸に剥いて私を辱めるがいい。クッ、殺せ!」
「誰がいつお前と結婚した! それに、そんな趣味はねぇ! そもそもお前、その服だってお前の一部で形状は自由だから、剥くとかそういう問題じゃあねぇだろが!」
「・・・ねぇ、もう行っていいかな?」
「ちょっと待てぇ! この駄剣、くそっ、言うことを聞け!」
2人のやり取りを冷めた目でレイヤーが眺めている。レイヤーは思いのほか元気なラインに安堵したが、ラインが提案した可能性に関しては、いつまでも脳裏にこびりついて離れることがなかった。
***
「ぬぅふふ~昂りますねぇ~」
「さて、先行させた部隊は言われたとおりに配置しているが」
アレクサンドリア西端、デュナミス地方と名付けられた国境地帯。この地帯は国境線が曖昧であり、いわゆる緩衝地帯としてアレクサンドリアに設定された領主なき土地である。
この地方は隣接する3領主が交代で見張りをしていたが、アレクサンドリア国内が混乱してからは大した見回りもなく、放置されたに等しい状態だった。だからこそイェーガーはこの土地から竜を連れてアレクサンドリア国内に侵入できたし、今もまたこうやって国内の安定を待たずに軍隊を展開できる。
先行するのはエアリアル率いる部族の騎馬隊500に、付随する通常の騎馬隊1500。イェーガーの馬を操る部隊でも、最精鋭だった。彼らは既に一仕事を終え、やってきたコーウェンをエアリアルが出迎えるところだった。
コーウェンは整然と隊列を作り、休息と警戒を交代に取る部隊を見て満足そうに頷いた。
「この部隊なら~、カラツェル騎兵隊と良い勝負をするかもしれませんね~」
「さて、どうだろうな。かの騎兵隊は部隊ごとに特色がある。正面から戦えば、さすがに危ういとは思うが」
「ま、そんな心配は無駄に終わるでしょうけどね~」
「どういういことだ?」
「それは後日のお楽しみということで~いつでも行けますかぁ~?」
コーウェンの言葉に、近くで休息をとっていた騎士たちが無言で立ち上がる。戦かと身構えようだが、コーウェンは彼らを宥めた。
「どうどう~まだですよ~」
「さて、こちらがいかに精鋭でも、このまま戦うなら厳しいだろう。後詰の部隊はいつ頃到着する?」
「最短3日~十分な戦力が整うには7最低7日~」
「それまではかく乱が必要だな。まさか、そのためのあの仕掛けか?」
エアリアルの言葉に、コーウェンは忍び笑いを漏らす。
「ええ~もちろんですとも~。遅滞戦術を提案したところ~、いくつも案がアルフィリースとライン副長からでまして~。これはライン副長の案です~」
「なるほど、性格が悪い。好かぬが、効果的だ」
「私も似たような戦術は思いつきましたが~、これはさらにその上をいきます~。これだけでも下手したら7日を稼げますね~。さて~、クラウゼルがどう出るか楽しみです~」
ニタリと笑った笑みに多くの傭兵たちは嫌な予感がしたが、エアリアルだけはこれから起こること、そして今起こっていることを風が知らせてくれたので、その風を読んで何事かを察したように呟いた。
「怒りと・・・混乱。そして、それらを歓迎するように、笑っている奴がいるようだ。なんだ、これは・・・」
風がもたらしたわけのわからぬ感情に、エアリアルの表情が曇っていた。おりしも空は曇天。冬には珍しく、嵐が訪れる前のような天気だった。
続く
次回投稿は、7/26(水)24:00です。