月下の舞い、その2~月に落ちる~
「カザス!」
「無事だったのか!?」
「当たり前ですよ、そう簡単に僕は死にませんから」
アルフィリース達の目の前に現れたのはカザスだった。意外な人物の登場に、彼を知る仲間達は一斉に彼に駆け寄る。
「心配したのよ? 貴方が無事でよかったわ」
「こちらもですよ。でもアルフィリース達が無事でよかった」
カザスとアルフィリースは固く握手を交わした。これは彼らの最初の出会い方を考えれば、その時には思いも寄らない展開だったであろう。
ただ旅を共にする中でアルフィリースは非戦闘員であるカザスをよく守り、カザスはその知識で度々アルフィリース達を導いた。そしてカザスはアルフィリースが傭兵であるにもかかわらず博識であることに驚いたし、アルフィリースはカザスが文句もいわず厳しい旅についてくることに感心していた。彼らはいまや互いを認め合う中である。
「でもカザスはどうしてここに?」
「もちろんあなた達を探してきたのですが、迂闊に歩きまわるより、進路から北街道を行くだろうと推理したので、この町に滞在して待っていたのですよ。すると、今日夕刻に変わった女ばかりの一団が町に入ったと聞いたじゃありませんか。これは間違いないだろうと思いまして」
カザスは興奮気味に語る。自分の目論見が当たったことと、アルフィリース達に出会えた興奮の両方だろう。そんな彼をアルフィリースは関心と優しさを交えた目で見るのだ。
「やっぱり貴方は賢いわね」
「それにカザスは地理学が専門の一つでしたね。さすがです」
「そんなことはどうでもいいんですよ。それよりニアさんの姿が見当たらないようですが・・・?」
不審がるカザスに、ニアはグルーザルドに帰ったことを説明する。すると、カザスの顔色が目まぐるしく変わって行く。最初は蒼白に、そして彼女の所在が知れると、今度は安堵の色に。そして冷静さを取り戻したカザスは語る。
「なるほど、事情は分かりました。とりあえずニアも無事なのですね?」
「もちろんよ」
「なら僕はこうしている場合ではない。すみませんが、彼女を追いかけさせていただきます」
カザスは再会の挨拶もそこそこに、その場を去ろうとする。
「ちょ、ちょっと。もう行くの?」
「ええ、当然です。彼女がグルーザルドに辿り着くと色々と面倒ですから、その前に捕まえた方がいいでしょう」
「捕まえてどうするのさ?」
「決まっています。彼女が行く所に僕も行きますよ」
カザスがしれっといったので、アルフィリース達はあんぐりと口を開けてしまった。
「なんですか、変な顔をして。そんなにおかしなことを言ったつもりはありませんが」
「・・・いや、そうだけど」
「教授の職はどうするんだい」
「これから宿に帰って辞表を書きます。研究なんてどこに行ってもできますし、もう僕の名前は十分に売れているので、新しい論文や考察を書くだけでも収入にはなりますから」
「・・・なんだか無駄に格好いいセリフですね」
リサが少し皮肉をこめて言うが、カザスの耳にはもはや入っていない。
「追いかけるなら善は急げ。これから飛竜を調達してグルーザルドに向けて飛びます」
「それならいいけど・・・気を付けてよ」
「心配してくれてありがとう、アルフィリース。それでは!」
とカザスが酒場を出て行きかけて、その足を止める。
「と、いけません。僕としたことが忘れる所でした」
「?」
「大草原までですが、私の護衛代金をお支払いいたします。翌朝金融ギルドに顔を出してください。あなた達宛に一筆したためておくので、翌朝には報酬をうけとれるでしょう。アルネリアまでの路銀ならば十分持つかと」
「あ、そういえばそういう話だったわね・・・」
アルフィリースはカザスが自分達の仲間になる時の話を思い出し、ぽりぽりと頭をかいた。言われるまですっかり忘れていたのだ。カザスはアルフィリースにとっても既に欠かせない仲間となっていたので、雇われていたことをすっかり忘れていたのだ。
そんなアルフィリースを見てカザスは微笑む。
「・・・本当に相変わらずです、アルフィリース。いつの間にか頼もしい仲間も増えているようですし、あなたの旅先に素晴らしい出会いが沢山あらんことを」
「カザスこそね。ニアはいずれ私の元に戻って来るらしいわ。その時にまた会いましょう」
「ええ、必ず」
それだけ言うとカザスは去って行った。アルフィリースが「ニアを泣かせちゃだめよー!?」と遠くから茶化すと、カザスは事もあろうに、親指を立てて応えたのだった。今までのカザスならそんなことはしないだろうに、彼にも何らかの変化があったようだった。
そして再びアルフィリース達は元の席に戻る。ロゼッタやエメラルドに至っては事情がわからず鼻白んでいたが、先ほどまでとは違い、カザスとニアの先行きについて、話は盛り上がるのだった。
***
「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」
明かり一つない暗闇にふる雨の中、聞こえる粗い息遣い。足音も無く走る影から聞こえてくるものだ。
「(どこで・・・間違えた?)」
影に一瞬月明りが射す。そこに見える顔は少女にも等しい、幼さを残す表情。だが能面の如き無表情の中にも、息苦しいのか、僅かばかり表情が歪む。額には汗が滲む。それでも、
「(20秒で整える)」
そう彼女は思い、呼吸を落ち着けた。普段なら半日全力でかけ通しても切れないはずの自分の体力。だが今回ばかりは事情が違った。
「(連続で4つの任務・・・3つ目までは最高難度。そして4つ目がいやに簡単)」
一週間で3つの任務。そのどれもが非常に難しく、また準備期間もろくに与えられなかった。それでも任務を完遂したのは、ひとえに彼女が優秀なせいだった。他の者ならきっとここまで上首尾には行くまいと、彼女は自信ではなく事実として認識していた。
そして4つ目の指令は暗殺だった。これが前の3つに比べ嫌に簡単だった。しかもどこぞの貴族の末席か何かであり、屋敷の警備も穴だらけ。これなら何をどうしても殺すのはたやすいと彼女は提案したのだが、指示は「閨に引き込んで暗殺しろ」であった。上からの指示は絶対である。彼女は指示通りに暗殺を決行した。
その後死体の後始末は特に指示されていなかったため、暗殺後、予め決められたルートで仲間の手引きにより予定通り脱出を図る。違和感を感じたのはその時である。
彼女うなじにチリチリとした焼けるような感覚を感じたのだ。これは自分に危機が迫っている証拠だと彼女は知っている。なぜ仲間に案内されながらその様な感覚を感じるのか彼女は理解できなかったが、体はより正直に反応した。背後から差し出されたナイフを持つ仲間の手をへし折ると、手から落ちるナイフを蹴りあげて後ろの男の股間に突き刺す。前にいた男は自分の方を振り返った瞬間にさらに後ろに回り込み、首を180度反転させてやった。
「(私は既に用済みということ。命も身も顧みず、殺し続けた最後の報酬がこれ)」
少女は息を整えながら、自分の過去を振り返る。だがそれもつかの間。周囲は既に囲まれていた。10人ではきかない数だろう。
「(そうか、最初から彼らはこのつもりだった。私一人に大層なこと。だけど、なぜ)」
彼女が不思議に思うのは、自分がなぜ狙われるかということではない。自分が狙われるのは想像がついていた。自分の組織の先達が次々と死んでいったことからも、なんとなく予測はついていたのだ。それぞれ任務で死んだ事になってはいたが、そのような下手を打つ連中ではない事も彼女は知っている。腕の立ちすぎる者、知り過ぎた者には死を。彼女自身が暗殺をしたこともある。だからいずれは自分の番だということもわかってはいたが、別に何の感慨も湧いてこなかった。別に生への執着など、彼女の中にはありはしない。そのように育てられてはいないからだ。
それなのに、なぜ大人しく殺されなかったのかということを彼女は不思議に思っているのだ。不格好な事に、今でもずっと逃げながら刺客を殺し続けている。
「(なぜ私は大人しく殺されないのだろう? なぜ? 誰か答えを・・・)」
そう思ううちに、背にした木の上から刺客が襲いかかる。その刺客と体を入れ替えるように木の上に走り上がった少女は刺客の首をかき切ると、彼を踏み台に木の上に登り、そのまま森の木々を飛びながら移動を始めた。とても人間業とは思えないほどの身軽さである。刺客達は仲間内でも一級である彼女のその動きに、徐々に距離を離されていく。
「(どこかで馬を・・・いや、それよりも)」
少女は視界に小さな川を見つけると、さらに耳を澄まして音を確認する。目標とする音を確認すると、その川傍に少女は着地し、走り始めた。後からは多数の刺客が追いかけてくる。
「(私の運命を試してみよう)」
そのまま少女は全力で走る。風を巻いて走る様は野生の獣が追いつけないほどの速度であり、彼女は全力を出せは馬と同程度の速度も維持できるのだ。みるみるうちに後続とは距離が離れて行く。そして眼前には滝が見えるが、少女は走る速度を全く緩めなかった。
そのまま滝の中に身を躍らせる彼女。頭上には満月に近い白い月が少女の銀の髪を照らし、遥か眼下に見える滝壺が彼女の姿を映す。
「(悪くない光景)」
最後に見るにしては、と少女は思う。そんな感慨など、今まで一度として抱いたことは無かったのに。そして月をわずかに映す滝壺に落ちた少女は、疲労と衝撃でゆっくりと意識を失った。
続く
次回投稿は7/11(月)22:00です。