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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その243~夢の跡と笑う者③~

「で、荷物の話だが――」

「誰に届ければいい? ローマンズランドの指揮官? それとも例の勇者?」


 ここでレイヤーの言う「荷物」とは「暗殺」の暗喩。ラインはそのことをすぐに察すると、渋い表情でレイヤーを問い詰めた。


「お前――そういう『荷物』を届けているのか? コーウェンの指示で?」

「いちおう半分冗談のつもりだったんだけど」


 レイヤーが肩を竦めるのを見て、ラインが盛大にため息を吐いた。


「お前なぁ~もうちょっとわかりやすい冗談を言いやがれ!」

「悪かったよ、副長。でも半分は本気さ。ローマンズランドの遠征軍を削るのなら、指揮官をやってしまうのが一番だ。やるなら遠征軍の指揮官か、勇者ゼムス。違う?」

「・・・なぜそう思う?」

「この遠征軍って、ただ侵略するだけじゃなくって、その後に建国をするつもりなんだろ? だったら一番難しいのは、侵略した後のはずだ。勝つだけなら優秀な指揮官でいいけど、建国となると正統性やらなんやら、面倒ごとが増えるでしょ。遠征に来ている一番身分の高い王族をやれば、それで自然瓦解する。違う?」

「それはお前が考えたのか?」

「紛争地帯スラスムンドの育ちだからね、そのくらいは想像がつくさ。あとは、イェーガーで座学をそれなりに真面目に受けているつもり」


 本当はコーウェンから聞かされた見解も一部あったが、それはラインには伝えないでおいた。レイヤーとしてはコーウェンも警戒の対象だが、ラインはコーウェンと自分が親しく話すのを良しとしない。その理由はなんとなくわかる。もしコーウェンとラインが決定的に対立して、コーウェンが何らかの理由で自分を取り込んだ場合、一挙にラインの立場が危機に陥るからだ。

 ラインがそれを口にすることは決してないし、レイヤー自身もアルフィリース以外の誰かの肩入れをすることは絶対ないと固く誓っている。それでもレーヴァンティンの危険性は承知しているつもりだし、自分がラインの立場だとして冷静にはいられないだろうことも予想がつく。

 ラインは内心で動揺しているレイヤーのことを知ってか知らずか、じっとレイヤーのことを見透かすように凝視して質問を重ねた。


「勇者ゼムスが危険だってのは?」

「僕の直感。彼をローマンズランドで見たから」

「お前の印象はどうだった?」

「消した方がいい。強くそう思った」


 ともすれば不穏な言葉に、ラインはしばらくして小さく頷いた。その同意を得て、レイヤーはほっとしたというか、ラインに対する信頼がますます強まった。


「言葉で明確にあれこれは言わん、立場があるからな。だがお前と同じ気持ちを抱いていると思ってくれ」

「わかってる。僕が勝手にやることさ」

「やれるのか?」

「レーヴァンティンを使ってしまいたいくらいだ。だけど、そのことにこれを使ってはいけない気がする。だって――」

「ああ、そうすれば今度はイェーガーが魔王以上の恐怖の対象として、大陸全土から疎まれる存在になる。それは個人に対して使っていいものじゃない、ものじゃないが――」


 そこまでレイヤーに考えさせるほど、勇者ゼムスが危険な人物なのかとラインは沈黙した。レイヤーの素の能力は自分より上だとラインは感じている。そのレイヤーが、まっとうな方法でやれないと直感したということに、驚きを禁じ得ない。

 そうならば、自分が対峙したとて同じことだろう。ラインは自分が座っている椅子のふちを指で叩きながら思案した。


「無理はするな。それに、俺の予感だと放っておいても、やつらは自滅する」

「なんで?」

「他国や他領に侵略するってのは、思ったよりも楽じゃない。多くの国は常備軍を持たず、予備兵を農民からかき集めて出兵するが、大義名分がなければ、そして参加する者に利益がなければ侵略戦争は成立しないものだ。ローマンズランドは常備軍を持つが、今回は国家の存亡をかけての出兵だろう。指揮は高いが正統性はなく、負けるのはおろか、苦戦しても兵糧や装備の備蓄が不足する可能性がある。ちょっとでも上手くいかないことがあれば、不満ってものは一気に噴出するものだ」

「つまり、何か仕掛けたと?」


 レイヤーの言葉に、ラインは強く頷いた。どうやらアレクサンドリアでの戦いがひと段落する前から、ラインは既に策をうっていたらしい。ラインが手招きをしてレイヤーを近くに寄せ、策を耳打ちする。その策を聞いて、呆れたような表情をするレイヤー。


「それ、アルフィリース団長の発案?」

「俺みたいな清廉潔白な人間が、こんな性格の悪い策を考えつくと思うか?」

「その言葉、荷物として団長に届けておくね?」

「わー、よせ!」

「冗談だよ」


 ラインの焦る様子を見てレイヤーがにやっとしたので、さしものラインも笑って応じた。随分とこの短期間で砕けた性格になったものだと、ラインも感心する。いっぱしの戦士に、そして人間に。ラインは弟か息子がいればこんな感じかとも思うようになっていた。


「(ま、子どもを育てようと思うほどには老けちゃいないがな)」

「それで副長、預かった荷物と伝言はアルフィリースに届けるけど、副長がどこで療養するかは教えておいてよ。万一ってことがあるだろ?」

「ん? ああ、いちおうレヌールやコーウェンにも教えておくが、バーゼルの屋敷でちょっと調べたいことがあってな」

「調べたいこと?」

「この戦争に関連するかどうかはまた別だが、嫌な予感がする。まだアルフィリースにも伝えられていないが――そうだな、お前には伝えておくか。耳を貸せ、いや、こっちの方がいいな」


 ラインは声に出すことなく、紙に簡単に不安を書き記した。そしてレイヤーがぎょっとしたところで、さっさと暖炉にべて燃やしてしまった。

 その燃え滓を眺めながら、しばしレイヤーが呆然としていた。



続く

次回投稿は、7/24(月)24:00です。不足分補うつもりです。

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