開戦、その239~裏切り者と渇く者64~
「(マスター、すまない。あれは敵だ。明確な、私の敵だ!)」
「馬鹿な! 奴は俺の――」
「(許せマスター、余裕がないんだ。私、も本能に、引きずられ、て――)」
ダンススレイブの本領は、持ち主の敵となるものを駆逐すること。戦場で人の願いによって敵を倒すために生み出された剣は、相手が強ければ強いほど持ち主の限界を通り越してその能力を過剰なまでに引き出す。そう、たとえ持ち主が壊れてしまおうとも。
だからこそダンススレイブは魔剣と呼ばれた。持ち主が死のうが生きようがおかまいなし。その特性を知っているからこそ、ラインは持ち主にふさわしいだけの努力をしたし、魔剣を使い熟せなくて死ぬなどという間抜けな結末を迎えたくはなかった。現に、たゆまぬ努力は幸運もあったとはいえ、かつて憧れた統一武術大会の優勝者へとラインを高みに上らせるまでに至ったのだ。
そのラインを主としてなお、ダンススレイブの本能が告げた。このバーゼルという男は、今までのどの敵とも違う。魔王でもない、アルネリアの地下遺跡で見た敵とも違う。ただただ悍ましい、ダンススレイブは感じたのだ。
この大陸から駆逐しなくてはいけない。たとえ、ラインという主を犠牲にしても。そんな考えがダンススレイブの頭をよぎった次の瞬間、ダンススレイブの意識は途切れた。
「ルゥオオオオ!」
ラインが吠えると同時に、地面を蹴った。勢いで割れる地面の煉瓦、舞い上がる欠片、次の瞬間5度の斬撃が、あらゆる角度からバーゼルに襲い掛かる。その斬撃を4つまで受けきり、5つめを叩き落としてラインを組み伏せるようにして、その顔を至近距離から睨み据えるバーゼル。
「違う、そうじゃない。それはお前の剣じゃないだろう?」
「ウァア!」
ラインが力づくでバーゼルの剣をカチ上げる。その膂力に驚きもせず、バーゼルは冷めた視線でラインを睥睨した。
きゅう、とバーゼルの瞳孔が小さくなる。見られていると感じたラインの背中に、ぞくりと危険を知らせる悪寒が走った。それがなければ、ラインは意識をダンススレイブに呑まれたままだったかもしれない。
ラインが咄嗟に出したダンススレイブに衝撃が走り、バーゼルが投げた短剣が当たったのだとわかった。短剣は軌道が逸れただけで弾くに至らず、ラインの背後の壁に深々とその刀身を埋もれさせていた。
「(なんという威力!)」
怠惰な盾はバーゼルの性格だけを表すものではない。その剣と盾を使うアレクサンドリアの標準的な戦い方でありながら、剣はやや短く刃は太く不格好で、その体格とそれに見合わぬ俊敏さを活かし、さらに大きめの盾を使うことで相手を押し込む戦い方を得意としていた。そしてその大きめの盾の裏が厄介で、バーゼルはいつも違う武器を仕込んでいるのだ。
バーゼルは武芸百番とは言わないが、二十番は使い分けるほどに器用だった。見たことがあるだけで短槍、手裏剣、鞭、長さの違う予備の剣。少なくとも4種類は使いわける。そして厄介なことに、格闘も得意なのだ。
短剣の投擲は初めて見たが、いつ投げたかもわからぬ速度で、なおかつ鎧ごと貫きかねない威力の投擲。盾の大きさからすれば、残り7本は考えなくてはいけない。距離を取ってしまったことは失敗だと、ラインは気付いた。
「(しまった、警戒すべき武器が増えた――いや、違うな。奴の調子に乗せられてはいけない。主導権は、いつも俺の方になければ!)」
バーゼルと再会した時、以前より引き締まっている体躯を見て確信した。こいつは本当に腐ったわけではなく、いまだ騎士なのだと。騎士であることを辞めたくなるほどに追い込まれながら、それでも辞められなかった。冷静で面倒くさがりで、情に流されない性格のくせに義理堅く、困っている奴を放っておけない。それがバーゼルという騎士だと、ラインは知っている。
そんな純粋な男が、国から裏切られればどうなるか。過激派の長の姿を想像するとき、バーゼルが一番しっくりくると、ラインには想像できてしまった。
「(俺にはもう何もアレクサンドリアに残したものがなかった。だからアレクサンドリアを呆然自失で離れることができた。だがもしそれができない立場だったら? 恨みつらみが積み重なり、今のバーゼルのように反乱を企てても何もおかしくはない。こいつは俺の、もう一つの可能性だ。なら、止めるのも俺の役目だろう)」
バーゼルが過激派の長であることを前提として、策を練った。だからこそバーゼルは計画が上手くいかなかったことを焦り、単身ここに乗り込んできたはずだ。
本当に信頼できる部下は少なく、バーゼルさえ討ち取ればこの争いを収めることができる。ここまではラインの思惑どおりだった。なのに――
続く
次回投稿は7/17(月)1:00です。