開戦、その237~裏切り者と渇く者62~
ダンススレイブは既に発動させている。全力ではないとはいえ、それでもバーゼルを押し切れる手ごたえを感じ取ることができないのは、なぜなのか。ラインの頬に、つぅと汗が一筋つたった。
「悪いのは人形どもだ。ああ、そんなことはわかっている! だが人形の専横を許したのは誰だ!? 今の王制と、騎士とやらの忠誠に準ずることしか知らない無能な騎士どもだ! 有能な臣下の諫言も聞き入れることができない無能しかいないこの国は、もう限界なんだよ! だから――」
「だから、レイドリンドやナイツオブナイツの一部を取り込んで、その正体を隠しながらクーデターを企んだのか。過激派の指導者はお前だな、バーゼル」
ラインには確信があった。ラインは平民出身なので、貴族社会のことはほとんど知らない。だが辺境配属となると、現地主義の優秀な貴族や騎士階級の同輩を多数見た。世代が上ともなれば中央に呼び戻されている者も多かったろうが、それでも本当に優秀な人材は前線でこそ必要とされる尚武の気質において、内地勤務にさほど優秀な者がいるとはどうしておも思えなかった。
確信をもったのは、ベッツと会話する機会があったことだ。それとなく、ベッツにレイドリンドのことを聞いてみたのだ。すると、彼はこともなげに答えた。レイドリンドの大半も、身分を偽ったり所属を隠して多くは辺境配備されているのだと。実践機会を得るためなら、それが一番楽に決まっていると、からからと笑っていた。
ラインは考えた。過激派を指揮して国外でも活動させるからには中央に近いところにいる必要があるだろう。顔や人脈の広さから、辺境の経験もあるに違いない。そしてレイドリンドの中でも意気軒高な連中が多くいたとして、その彼らよりも過激な意見を出しうる、抑圧された立場にいる者。それらの人物像が示す相手を空想する時、バーゼルよりもしっくりくる相手はいなかったのだ。
そのバーゼルは否定も肯定もしなかった。そして自嘲気味に笑ったかと思うと、猛然とラインに斬りかかってきた。
「だとしたらどうだ?」
「見下げ果てた奴だ。お前に声をかけた時、既に兵士はひそかに集めて終わっていたんだろう? いくらお前が優秀でも、あまりにも兵士の動きが早すぎた。人間だけなら集まれるにしても、武器なんかの物資や移動手段はそう簡単には集まらない。いかに訓練した人間がいたとしても、今まさに戦準備をしていたのでもない限りは!」
「そうさ。お前が来ても来なくても、俺たちは行動を起こしていた。お前が来た時には本当に焦ったよ。まさか決起直前で俺の前に現れるとは、さしもの俺も思っていなかったからな!」
バーゼルがラインを押し切れず、跳びずさる。その着地を狙って、護衛の騎士が仕掛けた。アレクサンドリアの騎士としては褒められた行為ではないが、背後からの奇襲攻撃。全身鎧にも守られにくい膝裏に対する攻撃を、バーゼルはなんと全身鎧を着たまま宙返りで躱して見せた。
あまりの身軽さに騎士が唖然とする前に、バーゼルの膝が騎士の頭をたたき割った。今度こそ着地するバーゼルめがけて、同時にイブランともう一人の騎士が斬り込んだ。バーゼルはイブランの剣をなんなく受け止めたが、押し合いに持ち込んでバーゼルの動きを止めようとする。バーゼルが少し押し込まれる格好となり、盾でもう一人の騎士の剣を受けた。
「押せ!」
イブランの掛け声と共に、2人でバーゼルを壁際に追い込もうとする。バーゼルは押し込まれるように後退しながら、突然盾で騎士を押し上げようとした。だが騎士もそれくらいの圧力に負けはしないが、その足元が突然崩れた。見れば、騎士の脚には矢が刺さっていた。
「仕掛け盾だ。卑怯とは言うなよ?」
バーゼルがくるりとイブランに盾を向けようとしたので、イブランは慌てて距離を取った。するともう一人の騎士が体勢を立て直す前に、バーゼルは目にもとまらぬ速度で騎士の首を刎ね飛ばしていた。全身鎧の姿が消えると錯覚するほどの速度に、騎士は立ち上がろうとする行動を続けながら、仰向けに倒れて絶命した。
騎士たちは3将軍の側近も務める、辺境でも腕利きの騎士のはずだった。それがこうも容易く始末された。その事実にイブランだけでなく、ディオーレまでもが青ざめている。それはそうだろう、ディオーレは支援のために魔術を放つ隙を伺いながら、それすらかなわなかったのだから。
ディオーレの予測と反応すら上回るバーゼルの様子を見て、ラインはダンススレイブの能力をさらに一段階上げた。さきほどとは全く違う速度に、バーゼルは剣と盾を重ねるようにラインの剣を受けて、なおも壁まで一気に押し込まれた。
「その剣、魔剣だな!? 今の俺をこうも押し込むとは!」
「それでやれねぇお前もどうかと思うが、お前、一体何に――いや、それはいい。一つだけ答えろ。お前、当時どこまで知っていた? 彼女の――システィナの館を燃やして呆然とする俺を見つけて俺を国外に逃がすまでの間に、どれだけのアレクサンドリアの事情を知っていたんだ!?」
「ふん。当然、最初から全て知っていたさ」
ラインを力づくで突き飛ばし、バーゼルは傲然と言い放った。さもそれがどうしたとでも言わんばかりに、ラインに向けて冷たく言い放ったのだ。
「システィナ嬢は――カレスレアル家に起きた惨劇は、全て把握していた。彼女が王太子のクズとその取り巻きに慰み者にされていたことも、ひそかに子どもすら残していたことも、その後に行われたそれより最低の行為についてもな。王太子の命令であれば、実の娘妹すら毒牙にかけることを厭わない――そんなものが騎士だと言えるのか、お前は?」
「だったら、どうしてその時貴様は!」
「それもありふれたことだからだ。俺の兄の死に方は、それより最低だった」
突っ込んできたバーゼルを受け止めるのに使ったダンススレイブの力は、以前マンイーターを撫で切りにした時のものだった。あの固い外表を寸断するところまでダンススレイブの力を引き出しながら、なおもバーゼルはラインと打ち合っているのだ。膂力もさることながら、バーゼルが装備している武器鎧の素材も、ダンススレイブが警鐘を鳴らしているのが聞こえる。
だが、今はその言葉すらラインの耳には届かない。
続く
次回投稿は、7/13(木)2:00です。