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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その236~裏切り者と渇く者61~

「むっ!?」

「――っあっ!」


 ディオーレの首を落とさんと放たれたバーゼルの居合は、ディオーレのツインテールの片方を切り飛ばすにとどまった。

 ディオーレがすんでのところで躱したことで、手ごたえがないことにバーゼルの顔が顰められ、その隙にがら空きになったバーゼルの脇からラインが襲い掛かった。 だがそのラインの斬撃も、バーゼルの盾で防がれてしまった。

 ラインの顔が焦りに歪んだ。ディオーレを囮にしてまで作った間に、ダンススレイブでの能力の底上げもしたのだ。なのに仕留められなかった。


「チィ、これで仕留め切らんか!」

「・・・なぜ邪魔をする?」


 バーゼルがじろりとラインを睨み、盾で軽く押すのに合わせてラインも後ろに飛んで距離を取った。そこにディオーレとその護衛の騎士も合流し、抜剣して隊列を組んだ。

 そのディオーレはツインテールのもう片方を同じ長さで切り落とし、髪留めを外して髪を下した。もう邪魔にしかならないと思ったのだろうが、彼女なりの切り替えと、戒めも含んだ覚悟の現れだった。


「感謝するぞ、ライン。契約書として眼前に突きつけた文面に『バーゼルは裏切り者だ』と書いていなければ、首が落ちていた」

「いえいえ、こちらこそ。正直、囮になっていただいてその隙に仕留めるつもりでした。なのに、必殺の間合いを見誤った。失態もいいところだ。あいつがあそこまで反応がいいとは」

「もう一度聞くぞ、ライン」


 バーゼルが剣と盾を構え、正統派アレクサンドリア騎士剣の構えをとった。懐かしい型、そして辺境の兵士の中でももっとも美しく基本に忠実とされた剣士の型だ。あれ一つとっても、バーゼルが揶揄されるような貴族の次男坊ではないことは最初からわかっていた。肥満体に見えるのは生まれつきの体系で、その下には鍛え込んだ鎧のよう筋肉があることを、彼と共に戦った剣士たちは皆知っている。彼を体型から侮るのは、彼の本領を知らない社交場の愚か者どもだけだろう。

 かつて認め合い、共に競い、やがて語らい背中を預けたこともある男が、目の前に立ちはだかった。


「ライン、なぜ俺の邪魔をする?」

「邪魔とはご挨拶だ。国を崩壊させようとする逆賊を成敗する正義の味方だぞ、俺は」

「俺が逆賊か――まぁ、それも否定はせん。だが国を腐らせたのは、現王家の惰弱ぶりと、それに与する一党が全てそうだ。そこの精霊騎士は、その象徴足る存在だぞ? それに関しては本人が認めたばかりだが」

「なら、殺せば全て解決するか? それこそ短絡的だ」

「少なくとも、そこの精霊騎士がいなければ現政権は50年近く前に崩壊している。そこの精霊騎士が有能ゆえに、今の王制が続いてしまった。だが柱が腐っていれば、いかに外壁を塗り固めようといずれは腐り落ちるものよ。遅れるほどにその被害は甚大となる」


 バーゼルが自ら動いて斬り込んできた。外套の下は全身鎧のはずなのに、思わずラインがその場で受ける鋭さ。ラインは軽鎧けいがいで応戦しているのに、こんなに早く斬り込んで来れるものなのかと、バーゼルの鍛錬に舌を巻く。『怠惰な盾』とは辺境時代からの皮肉だが、過度な鍛錬のせいで休息時間は全て寝ていないと翌日動けないほどに自分を追い込んでいたことを、彼らは知っている。

 だがディオーレの周辺を固める騎士も飾りではない。ラインがバーゼルの剣を受けた一瞬で動き出し、その首を刎ねんと動き出す。その騎士たちを剣で打ち払い、盾を振り回す動作で払いのけ、再びバーゼルは距離を取った。


「もはやその精霊騎士はアレクサンドリアに不要だ。死んで土地の肥やしにでもなってもらった方がいい」

「人を堆肥扱いか? 死ねばこの大地を潤すことを否定はしないが、貴様に決められるほど落ちぶれてもいない。まだこの土地の開墾は――」

「昨年、アレクサンドリア北部で餓死者が何人出たか知っているか?」


 バーゼルの言葉に、ディオーレがぎくりとした。ディオーレはここ10年、辺境で戦い続けている。周期としてはそろそろ中央に戻る時期だが、10年前の状況しか知らない。たしかに北部の農作物の収穫は低下傾向だったが、開墾と道路整備で食料は充足する予測で――ディオーレが自ら立てた計画を記憶を辿り口にしようとして、バーゼルに遮られた。


「あなたの食糧計画は、既に5年前に破綻している。数字の上では餓死者は零だが、昨年自ら足を運んで調べたところ、新規開拓村の4つが魔獣の襲撃により孤立。村の中で餓死した数は200を下らない」

「な、んと――ならばなぜ、代わりの献策を」

「したさ。我が父が、兄が。そして私も、他の者も。だが、何一つとして受け入れられなかった!」


 バーゼルが吠えると同時に、騎士の一人が喉を押さえて倒れ込んだ。どうやら盾で振り払った時に、盾に仕込んでいた刃で喉を切り裂いていたらしい。

 倒れる騎士が致命傷だと見て取ると、イブラン、ラインを含めて四方からバーゼルを囲んだ。かつてのバーゼルの手ごわさを知るラインだが、それでもバーゼルの手ごたえがおかしいことも同時に感じている。このバーゼルの強さは――本当に奴のものだろうか。



続く

次回投稿は、7/12(水)2:00です。

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