開戦、その235~裏切り者と渇く者60~
「きゅ、急に呼ぶな! 俺は王宮内部の様子を探るために姿を隠して潜入してだな――」
「へえ? 100呼吸以上前からそこにいたような気がしたがな?」
「それは目の前で何が起こっているのかわからず、声をかけそびれたからだ!」
「まぁそれはいいんだが、お前のその外套。まだナイツオブナイツにすら出回っていない奴だろ? どこから仕入れたんだよ」
「それは俺の諜報活動の肝だからおいそれとは教えられないが――とりあえず、挨拶させろ」
ディオーレの方にすすっと4歩ほど近づくと、バーゼルが跪いて恭しく挨拶した。
「これはディオーレ殿下、ご機嫌麗しゅう。私のことを覚えておいででしょうか」
「もちろんだ。バーゼル=リバフ=スクルード。私の麾下としての活動期間は少なかったが、その活躍は覚えている。辺境志願になってくれなかったのは残念だった」
「辺境勤めは嫌いではありませんでしたが、スクルードの家系は元来王の近侍ですから」
「なればこそ、反乱軍の別動隊も指揮しやすかったのも納得だ。私の反乱軍に呼応するように、見事呼応して見せたな? して、その情報はどこから得た?」
「たまたまにございます。情報そのものは旧知の友より得ておりましたが、動く気はありませんでした。そこのラインの声かけがなければ」
バーゼルがラインの方をちらりと見て、得意げにほほ笑んだ。ラインはその仕草を胡散臭そうに見つめていた。
「旧友の、いえ、かつての仇敵の勧めに従って私は動かせる者を動かしただけです。結果、やったことは陽動だけで、この都市の外壁を落としたのも、王の直系の落胤を救出し祭り上げたのも、王宮に巣くう人形を一掃したのも、すべてこのラインの功績にございますれば」
「おい、やめろ。持ち上げ過ぎだ、気色悪い」
ラインが苦笑いをしたが、そう悪い気分はしていないようだ。バーゼルはふふと笑って、ディオーレに向き直った。
「して、ディオーレ様にお聞きしたいことが」
「なんだ?」
「この後、どう動かれるつもりで?」
「何をわかり切ったことを。私はアレクサンドリア、ひいてはその王家に忠誠を誓う身だ。王の正当な血筋の者がこの乱を収めるのに尽力したのであれば、私はそれを盛り立てるだけだ」
「アレクサンドリア王家に忠誠を誓っているのですか? アレクサンドリアという大地ではなく?」
「何がいいたい?」
「いえ、その精霊騎士の誓約と制約に関してでございます。正確な条件がわかっていなければ、我々としても動きようがないので。今回最初から反乱に加担しなかったのも、その条件の見極めに苦慮していたからにございます」
バーゼルが跪いたまま、じり、と一歩寄った。
「率直にお聞きします。ディオーレ様の制約は、アレクサンドリア王家に関する忠誠も含まれているのですか? それとも、アレクサンドリアという国、または国土を守るためだけに存在しているのですか? 反乱を起こしながら、王都に近づくほどに進軍速度が鈍ったのはそういった制約が原因なのですか?」
バーゼルの問いかけには言い訳を許さぬ鋭さがあった。気圧されたわけではないだろうが、言葉に詰まったディオーレは少しだけ顔を背けるように語った。
「・・・正直に申すと、制約そのものは曖昧な部分は多い。私は若かったのだ」
「若かった、とは?」
「私は騎士に憧れる少女だった。部門の家柄に生まれ、国のために尽くしたい、剣をとって戦いたいと考えても、女の身でありかつこの体躯ではできることも限られた。連日の血反吐を吐くような訓練にも限界があった。剣の才能は秀才にも届かず、腕力は婦女子そのものだった」
ディオーレの諦めたような表情と、唇を噛みしめる仕草が全てを物語る。200年経過してこの表情なら、当時の少女だったディオーレが自らの限界を悟った時、いかほど悔しがったろう。
「とにかく、私は国の、アレクサンドリアの役に立つ騎士になりたかった。この誇り高い土地を切り拓いた者たちの役に立ちたかった。そうして、精霊騎士というずるをした卑怯者なのだ。私には、お前たちの方が眩しくて仕方がない。私は――」
「なるほど。それは害悪ですな」
「! ディオ――」
きり、と一瞬だけ漏れ出たバーゼルの殺気にイブランが反応して声を上げる暇もなく、バーゼルの超速の居合が放たれた。1つの斬撃音、1つの交錯音、そして宙に舞ったのは――
続く
次回投稿は、7/9(日)2:00です。