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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その234~裏切り者と渇く者59~

 ラインはその姿を確認すると、内心で快哉を叫びたかった。ディオーレがここに来ること、そしてこの状況で単独で交渉することがこの戦略最大の鍵だとラインは思っていた。ディオーレ自身は苛烈な騎士でもあるが、とかく周囲の将軍は冷静だ。若いイヴァンザルドはさておき、他のダンヴェルグとバーリントンはディオーレの決断に待ったをかける傾向にある。そしてその決断はおおよそ冷静で正しいから処置に困る。この状況でなければ、どちらかが常に隣にいるため、ラインの本当の目的を果たせないと思われた。

 今、ディオーレの隣にいるのは、イブランの息のかかった剣士だけだろう。ラインは勝利を確信したように、大きく進み出て手を差し出し、挨拶を求めた。


「ディオーレ殿、まずは互いに無事での再会を喜ぶとしましょう」


 ラインからディオーレ「様」ではなく、「殿」と呼ばれたことに一瞬だけディオーレの動きが硬直したが、すぐに笑顔を浮かべてディオーレはラインの手を握り返した。その表情が普段よりも青白いことからも、ここに来るまでかなりの無理をしたことが想像された。

 やはり精霊騎士の誓約として、国に弓引くのは精神的にも肉体的にも多大な労苦を伴ったようだ。握り返す手から、いつもの力が感じられない。


天翔傭兵団イェーガーの副長ライン殿、このたびは助力痛み入る。貴殿らの協力がなければ、ここにこの時期に到着することは不可能だった。感謝はしてもしきれないくらいだ」

「例は団長のアルフィリースに、と言いたいところだが、こちらも様々な幸運が作用している。ここにいることができたのは偶然と思ってくれて結構だ。礼を言われる筋合いはないが、感謝は報酬で示していただきたいものだ」

「無論だ。報酬に関しては後で詳細を――」

「いや、先に決めておきたい。これをやっていただくことは可能か?」


 ラインは書面におこした契約内容をディオーレの眼前に突き付けた。その書面に一瞬面食らったディオーレだが、内容を読み進めてその表情が曇り、そして怒りの形相に変わった。


「・・・この内容は、真か?」

「冗談で正式な契約書類にすると思いますか? この書類の契約主は俺とアルフィリースの連名だ。アルフィリースは俺を派遣する前から、既にこの事態を想定していた。いや、むしろ彼女はこのためにこそ、貴女を助けに俺を寄越したと言っても過言ではないさ」

「くそっ!」


 ディオーレが珍しく舌打ちをした。そんな態度をディオーレが見せることなど今まで誰も見たことがなかったので、同行した騎士たちはぎょっとした表情で自分たちの崇拝の対象でもある女騎士を見ていた。

 仕えて長いイブランやラインは彼女が聖人君子ではないことなど承知の上なので、ただ黙ってディオーレが眉間に手を当てて悩むのをしばらく黙って眺めていた。イブランはちらちらとラインの方を睨んでいたが、ラインはそ知らぬふりをした。


「上手い話には代償が伴う。そうだな?」

「まぁ、世の道理ですね」

「そしてこの場に他の将軍たちがいないのは、お前の狙い通りだな?」

「はい。偶然を利用はしましたが、生真面目なイヴァンザルドや老将軍たちがいては、確実に反対されるでしょうから。俺はあの人たちを信じていますよ、あらゆる意味でね」


 ラインの言うことに納得ができるだけ、ディオーレも言葉に詰まった。


「全て、あの女傑の掌の上だということか?」

「いえ。正直竜の援護は俺にとっても予想外でした。その援護がなければ、こうも容易くあなたとここで会えていない。結果、相当マシな結末になりそうです。予想と違うのは、上手く行きすぎていることでしょうか」

「上手く行きすぎている?」

「ええ――俺の予想では、こちらに連れてきているイェーガーの三割近くは損耗する覚悟がありました。それがほとんど脱落なく、ここまで抵抗らしい抵抗にも会わずにここまで来た、来てしまった。それにはひとえに、アレクサンドリア国内の警備がまるで機能していないことが考えられます。もしこれがローマンズランド軍だったら――そうは考えてしまいませんか?」

「それは――」

「なぁ、お前もそう思うだろ? バーゼル」


 ラインは誰もいないはずの空間に向けて、旧友の名を呼んだ。すると、その空間から音もなくバーゼルが透明な外套を脱ぎ捨てて姿を現したのだ。彼らの出現を全く予測していなかったのか、イブランとディオーレの護衛の騎士が剣に手をかける。

 だが当のバーゼルはあたふたとした様子で、卑屈にも取れる態度で言い訳がましく挨拶をした。



続く

次回投稿は、7/7(金)3:00です。

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