月下の舞い、その1~再会~
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「うおおい。イケる口だね、シスター!」
「当たり前よ! ただのかよわい乙女が巡礼なんかできますかっての」
ロゼッタに差し出された大瓶の酒を一息に煽り、ミランダが息まく。
「ははっ、気に入ったぜシスター。アンタとは馬が合いそうだ」
「シスターってのはやめな、ロゼッタ。ミランダって呼びなよ」
「いいだろうよ。その方がアタイもやりやすい」
そして新たな酒で乾杯するミランダとロゼッタ。彼女達は今ガーシュロンの紛争地帯を抜けた町、ヒュンフにいる。
アルフィリース達はロゼッタを仲間に迎え入れ、彼女の助言に従いガーシュロンの紛争地帯を抜けていた。彼女は経歴が長いというだけあり、紛争地帯の様子を細かに知っていた。ロゼッタの誘導に従うと、危険なはずの紛争地帯でも、一度も危険な目に合わずわずか数日で抜けだしたのである。
そして紛争地帯を抜けたアルフィリース達は、久しぶりの文明圏の食事と宿にありついているのだった。この地域の主食はトガリ芋と呼ばれる根菜を潰し軽く塩で味付けたものだが、それですらアルフィリース達には久しぶりに感じられる。ローマンズランドでは肉が主食であり少し中央街道などとは趣が異なるため、アルフィリースは久しぶりの懐かしい味に出会った様な気がしたのだ。それだけわずか数月という短期間とはいえ、様々な出来事に出会ったと言える。
「こんなに食事って美味しかったっけ?」
「帰って来たという実感があるからでしょう」
「我は始めてだが、そこまで美味しいとも思わないのだが・・・」
「沼地の食事よりはよっぽどマシですけどね」
感想は様々だった。だが彼女達はいやがおうにでも注目を集める。酒場の客は全て彼女達に目線が釘付けだった。
まずほとんどが女の旅仲間である。何度か述べたように、この時代に女だけで旅をするというのは非常に珍しい。しかも多種多様な美人揃い。アルフィリースやリサ、エアリアルは髪色でも目立つし、ユーティなどの妖精がふらふらとその周りを飛んでいるのだ。時には注文自体を酒場の主人に妖精が持ってくる。酒場の主人は眼を白黒させながらも、ユーティの注文通りに食事を作るのだった。
さらに巨人のダロンは嫌でも目立つ。巨人自体がこの地方にいないわけでもないのだが、かなり珍しいことには違いない。そして巨人が誰かと共に行動するなど、さらに珍しいことだった。彼らのだいたいが単独行動を好むからだ。
そして極めつけはエメラルドである。彼女は羽をもはや隠してはいない。それはアルフィリースの提案であり、隠したままで旅をするなど、エメラルドが可哀想とのことである。もともと飛ぶことが普通の種族なのに、地面を歩かせ、さらに羽までローブで覆ってしまうのはあまりではないかと提案したのだ。他の者は多少反対しつつも、アルフィリースの言い分も尤もなので悩んだが、リサが、
「新しい傭兵団の偶像的存在として、逆に目立たせるという方法もあります。まずは私達の事を知ってもらわないと、何も始まらないでしょうから」
という提案の元、有効な反論もなくエメラルドはその姿を衆目にさらすことになった。当のエメラルドにはそんなことは分かっておらず、ただ自由に飛んでよいということで、生き生きとしているだけだった。だが満面の笑顔で飛びまわる彼女を見ていると、アルフィリース以外の仲間もこれが一番良い気がするのだった。
そんなこんなで、ヒュンフに着いた途端に目立っているアルフィリース達である。町に入る時にさすがに衛兵にかなり怪しまれたが、この近辺ではミランダのアルネリア教会関係者の紋章がかなり効力を発揮する。本物かどうか確かめるため、衛兵が一応教会関係者を呼んで確認させたが、呼ばれた教会関係者はミランダの紋章を見るなり涙を流して感激しており、あっという間に門は通してもらえ、挙句に町で一番上等な宿まで手配してくれたのだった。ミランダは本当に教会関係者の中ではかなりの尊敬を集める立場らしい。
そしてアルフィリース達は宿の下にある食堂で、ありったけ食事や酒を取っているという所だった。
「それにしてもダロンってさ」
「なんだ?」
「誰を探してこっちに来たわけ?」
「・・・妻だ」
その瞬間、全員が食事を噴き出した。ユーティは肉を喉に詰まらせたのか、必死で胸を叩いている。
「ダロンって既婚者?」
「そうだ。おかしいか?」
「アッハハ、嫁さんに逃げられてやんの! ダッセエ!」
酔っ払い始めたロゼッタがダロンを指さして爆笑していた。ダロンはちらりと睨むが、酔っ払いを相手にしてもしょうがないと思ったのか、無視を決め込んだ。
「ダロン、何があったの?」
一方でアルフィリースは真剣な様子で彼の話を聞こうとしている。
「・・・別にこれといって大したことはない。彼女は隣の家の一人娘でな。彼女の親は集落の顔役だったから、外に出稼ぎに行く人間に許可をだしたり話を聞いたりすることが多かった。彼女は両親の傍でよく話を聞いていたのだろうな。自然と外の世界に興味を持つようになっていた。やがて結婚する時期になった俺達は歳も近かったし結婚したが、妻は外の世界へのあこがれが捨てきれなかったようだ。ある日置き手紙を残して出て行った。5年ほどしたら帰るとな」
「で?」
「10年たっても帰ってこない。これは何かあったのではないかと思い、妻を探しに来たというわけだ。ただ便りと稼ぎだけは届くから、無事ではいると思うが」
ダロンにはめずらしくため息をつく。どうやら彼も久しぶりの酒なのか、かなりの杯を重ねているようだ。外見からはわからないが、そのせいで少し感傷的になっているのかもしれない。
「俺は妻が心配だ・・・あの小さい乙女が果たして無事にやっていけているのかと、気が気でない」
「小さいって・・・どのくらい?」
「俺の胸までしか背が無い。集落の大人としてはかなり小さい方だ」
アルフィリース達はその言葉を聞いて、「どこが小さいんだ。リサの1.5倍はあるぞ」と思ったのは口に出さないことにした。ダロンにとっては気が気ではないのだろうから。ただダロンもやはりどこかずれているような、あるいは過保護なのかとも思うアルフィリースだった。
そんな盛り上がりを見せる中、酒場に入ってきた人物がアルフィリース達を見て叫ぶ。
「アルフィリース!」
「え?」
アルフィリース達が振り返ると、そこには懐かしい人物が立っていた。
続く
今日はやや短め。
次回投稿は7/11(日)22:00です。