開戦、その231~裏切り者と渇く者56~
「ルォオオオオン!」
大地を震わす咆哮と共に、城門が突然崩壊した。何が起きたのかと一同の視線が城門に集まると、そこには崩壊する城壁と、その城壁よりも高い巨大な竜が一頭。市壁を超すほどの高さではないとはいえ、並みの建物三階分よりはゆうに高いはずの城門よりも竜は大きかった。
巨大すぎる竜もそうだが、同時に一部骨を露出したような姿は、見る者全てに恐怖を与えた。それはレイドリンドの兵士たちとて同じだった。
「あ、あれはドラゴンゾンビか?」
「だとしても、デカ過ぎる!」
「それに、あんな巨大な個体がどうしてここに突然現れたのだ!」
「屍竜レギレンド」
ディアリンデの側近の一人が告げた。その名称に思い当たる者と、そうでもない者がいたようだ。
「古い話だが、未討伐個体としてギルドにも名前がある伝説の竜の一体だ。当然ながら、S級認定」
「しかし、そんな依頼があれば国に討伐依頼が来るはずですが、聞いたこともな――」
「凍結依頼、あるいは封土案件」
ディアリンデが答えた。その言葉の意味がわかったものは、一様に肩をびくりと震わせた。
「あまりに達成難度が高く、誰も達成できなくなって一定期間が経過すると、その依頼はギルドから国やアルネリアに回ってくる。さらにそれでも達成できない場合は、土地ごと金測地としてなかったことになる。そういった危険度の高い依頼を凍結依頼、あるいは封土案件と呼ぶ。屍竜レギレンドはそういった依頼の一つだ。生息地は竜の巣だったはずだがな」
「辺境と同じ扱いでしたか」
「然り。ただし、その場所は大陸のど真ん中にも存在はしている。誰も踏み入る方法はなかったはずだがな」
ディアリンデがじろりとラインの方を睨んだ。ラインはどこ吹く風で、初めてレイドリンド家が見せた動揺をどこか楽しそうに眺めていた。
「いやぁ、道理を説いたら喜んで協力してくれたぜ?」
「ふん。どうやったかは知らぬが、あの竜の力でアレクサンドリアそのものを脅かすつもりか?」
「力を持つことが天秤の抑止力足りえるのなら、人形共に制圧されるまで指をくわえて見ているだけだった無能どもに頼る必要もないってわけだ。お前ら、既に時代遅れなんだよ。身の振り方、処世術をもっとよく考えた方がよさそうだな?」
「ほざけ!」
ディアリンデとその側近2人が動いた。その剣をダンススレイブを使ったライン、バネッサ、ネフェニーがそれぞれ受け止める。ルナティカとエルシアはイメルと共に、王族2人の守備についていた。
ラインはディアリンデの剣を受け止めながら、どことなく得心がいった。
「・・・あんた、悩んでいるだろ」
「何!?」
「本当は、レイドリンド当主とはいえこのままでいいなんてこれっぽっちも思っちゃいない。あんたの剣、迷いがあるぜ。それならあんたらがベッツに負けるのも道理だな。あの爺さんの方がよっぽど怖かった」
「あの痴れ者と比べるつもりか!」
ディアリンデの剣がラインを押し込もうとして、ラインはあえてダンススレイブの補助を打ち切った。突然拮抗が傾いた剣のせめぎ合いに、ディアリンデが前のめりになる。その隙を逃さず、ラインはディアリンデを引き倒すようにして、その首筋に剣を突き付けていた。
その体制になって、ようやくディアリンデの目元が緩んだのをラインは見た。なるほど、当主というものは大変なのだなと今更理解したのだ。
「退け。このまま人形兵は俺たちが駆逐してやる。それができるだけの戦力を持ってきたつもりだ。外の連中は俺の仲間がもう掃討しているだろうさ」
「・・・信じてよいのか?」
「ああ。あんたたちにも、他のレイドリンドたちにも早々おかしな結末をもたらすつもりはない。むろん残っている王族にも、ディオーレ様にも、今国側についている諸侯にも。それがあんたたちの本来の望みのはずだ」
「その通りだ」
「汚名はある程度我々がかぶってやる。だから実利を寄越せ、それが契約だ」
「よかろう。レイドリンドの名に賭けて」
「そんなものじゃねぇ、お前自身の誇りに賭けろ。家名だ、騎士だはうんざりだ。欲しいのは、信頼のおける相手だ」
「――では、このディアリンデ=リブラ=レイドリンドの名にかけて」
「それでいい――いいが、一つだけ教えろ。過激派の当主は、――だな?」
ラインの言葉にディアリンデは小さく頷いた。その時ラインの胸に、いかほどの思いが去来したのか。駆けては巡る青春の日々よ。その全てを踏み越えて進むのが大人になった証拠なのか、あるいはアルフィリースと契約したゆえの修羅の道なのか、あるいは自らに課された運命とでも言うべき道なのか。それはまだラインにはわからなかった。
続く
次回投稿は、7/1(土)4:00です。思ったより需要がある、のか