開戦、その228~裏切り者と渇く者53~
ラインは男たちの狙いがわかっていながら、あえて口に出して見せる。
「そうか。お前たちは、アレクサンドリアという国の体制を壊すつもりか」
「この国は騎士の国だ、貴族の国じゃあない。いつから身分制にとらわれ、血統だけの惰弱な騎士が支配する国になり下がったのだ、この国は! 能力のある者が国を治めるのは当然のことだ。貴様とて、かつて貴族に蔑ろにされてそう感じたのではないのか!?」
「・・・まさに今、ローマンズランドがこの国に侵攻して来ていると知っても同じことが言えるのか?」
「何!?」
男の顔つきが困惑に歪んだ。ラインはそれを見て、ふっと笑った。
「そうか、お前たちはそれも知らないのか。あるいはお前たちの上役はその情報をわざと握りつぶしているか、どっちだろうな?」
「馬鹿な、そんなことはありえん! あの人は――」
「ああ、いろんなことを知っているだろうな。清廉潔白のまま国盗りはできんことくらい、想像はできるさ。まして合従軍を動かしている間にそちらに碌な協力もせず、国をかすめ取ろうなどと言う魂胆の輩には」
「我らを愚弄するか!」
「愚弄されるようなことをしているのは貴様らだ! 騎士の国を取り戻したいのなら、なぜ堂々とやらなかった! 貴様たちがやっているのは、盗人と変わりはしない! こんなことをしたところで――」
そこまで言ったところで、ラインははっとした。そうだ、こんな方法が上手くいくはずがないのだ。ここまで完璧に人形たちの虚を突けるのならば、最初からできていたはずだ。ディオーレの反乱を待たずして、もっと上手くやることだってできたろう。なぜそれをやらなかったのか。
ラインは相手の狙いが全てわかった気がして、思わず一歩たじろいだ。その行動を見て、男は満足そうに笑った。
「どうやら理解したようだな?」
「馬鹿な、そんな――お前たちは、最初から生き延びるつもりがなかったのか」
「過激派と呼ばれようが、何と呼ばれようが関係がない。この行動が受け入れられずとも、我々の信念は死なない。お前たちが生き延びようとも、その礎に我々の屍があることを思い出すとよいだろう。いいか、忘れるな。お前たちは我々の犠牲の基に国を作るのだ。我々と言う、皆に忘れられた騎士の上に」
男が不敵に笑うと、その口からつぅ、と血が流れた。その様子を見て、イメルがはっとして男に近寄った。
「こいつ、舌を噛み切りやがった!」
「どけ!」
ラインの殺気を感じて、イメルがその場を飛びのいた。その瞬間、ラインの居合が男の首を刎ねる。ジネヴラの目はクエステルが塞いだが、その表情は蒼白だった。それはラインやイメルを含めたその場にいた者すべてがそうだったかもしれない。
エルシアはわけもわからず、狼狽していた。
「え、え? 今、首を刎ねる必要が――?」
「こんなやつらの死体の上に、国を作るわけじゃない。それだけははっきりさせておきたい。させておかなきゃならない」
「え、でも――」
「信念の問題だ、エルシア。現実問題として、敵であるこいつらの上に国を築くのだとしても。こいつらの信念は呪いだ。それに縛られるわけにはいかん。どれだけ口先で立派なことを言っても、そして本当に行動が立派だったとしても。自らの非道な行いを全てこれからの国のためだと言い切ってしまうような連中の言い分は、これっぽちもみとめてやるわけにはいかんのさ」
「信念が呪い」
ラインの言わんとするところを、エルシアはまだ理解できない。だがこの出来事は、エルシアの後の行動に大きな影響を与えることになる。
幼いジネヴラはこの出来事をどう考えたのか。ラインはジネヴラ姫の前に再度膝を折り、丁寧に優しい言葉をかけた。それは普段エルシアが知るラインとはかけ離れた行為と口調だった。
「ジネヴラ姫。全てでの出来事を、正面からお受け止めになりませんよう。いずれ正道も邪道も飲み干すのが為政者だとしても、あなたまでその暴走した歪みに付き合う必要はございません」
「――騎士とは、なんでしょうかラインハルト様」
その問いかけに、ラインは口ごもった。いまだその答えをラインは見つけられていない。
「信念と主君のために死ぬのが騎士だと思っていました」
「思っていた?」
「はい。ですが過ぎたる妄信はただの硬直化です。その妄信はいずれ刃となり、信ずるものすら傷つけるでしょう。曲がらない信念が正しいとは限りませんから」
「――では、私は騎士とは自由になるべきと考えます」
ジネヴラの言葉に、ラインは思わず瞬きを何度かしか。自由な騎士。その発想を得たことはなかったからだ。
「自由な騎士――それは自由とは呼べないのでは」
「いえ、新しく作ればいいのです。騎士ラインハルトよ、いえ、傭兵のラインよ。あなたはこれから『自由騎士』を名乗り、そなたの信ずるもののために戦うのです。時にその主は変えてもよく、主張も不変である必要はありません。ただ己の信念と良心に従い、恥ずべきことがないように生きるのです。その身分であることを私が保障しましょう。今はそれが私にできる精一杯のことですが、私がこの国の盟主となった暁には、その提案を国際的に成しましょう。いかがですか?」
ラインはしばらく呆気に取られていたが、エルシアに背中を小突かれてはっとした。突然目の前が開けたことでしばし呆然としてしまったが、これはとんでもない提案だと思い至った。つまりは、国が国際的に保障する傭兵団として、自由に契約を結んで国家間を移動しても良いと言うことになる。それが傭兵ギルドの意向と相反しても、ということなのだ。
続く
次回投稿は、6/25(土)5:00です。