開戦、その227~裏切り者と渇く者52~
その様子を見ていたイメルが、嫉妬とも嘆息とも取れない溜息とともに隣のラインを小突いた。
「ふざけるな、あんな傭兵は見たことがない。なんだありゃあ? 壁を蹴って襲い掛かるならまだしも、蹴るはずの壁で後退するだと? どこの凄腕を引っ張ってきやがった?」
「・・・こっちにもいろいろ事情があってな」
「ふん、まかり間違えてもこちらに向けてくれるな? あれがこちらに向かったら、レイドリンド総がかりになる」
「それであれが止まるか?」
「当主とその側近2人は、ベッツの爺と比べても遜色ない怪物さ。あの娘がいかほどの腕前だとしても、人間の枠組みから外れていなければなんとでもできる」
「人間だったら、ね」
バネッサは常軌こそ逸しているが、確かに人間だろう。対魔物と対人間では全く違うとラインも感じつつある。ブラックホークでも最強はベッツでも、魔物相手であればヴァルサスの方が遥かに強いと聞いた。相性と、戦う時と場所でいかようにも結果は変わる。おそらく、そのことは相手もわかっているはずだ。
「(だから、なのか。このタイミングで反乱を起こすのは。奴は何を目指した? 王政を終わらせるだけなら、とっくに終わっている。アレクサンドリアを継続させるのなら、ジネヴラを保護しているだろう。相手の狙いから逆算すれば、その先も読めるが・・・いまだ奴の掌の上かもしれんな)」
ラインがそう考えているうちにも、バネッサは敵の扉の周囲を掌で何度か叩き、足をトントンと数度踏み鳴らすと、仕掛けを進めていく。いくつかの壁にナイフを差し込み終えると、ハンドシグナルで合図した。
「(壁際に3、中に4、待ち伏せ)」
イメルとラインが戦闘準備をしたのを確認すると、バネッサは躊躇なく剣を壁に刺した。中から悲鳴が小さく聞こえると、バネッサは勢いよく扉を蹴破った。その蹴りの威力に、隠し扉となっていた扉の周囲ごと壁が抜けた。先に壁に刺していたナイフが何らかの作用をもたらしたのか、そのナイフを結ぶ線で壁が蹴破られたのだ。
たまらず壁際で待ち伏せていた敵が吹き飛んだ。扉を開けた瞬間に振り下ろそうとしていた戦槌を持った巨漢の戦士の股を滑るように潜り抜ける際に、両膝を肘打ちで壊していく。たまらず前に倒れる戦士の首をイメルが刎ねた時には、バネッサが残りの兵士のうち3人を打ち倒し、最後の敵に取り掛かっていた。
「やることがねぇな」
ラインがぼやき終わると同時に、バネッサは最後の敵の武器を破壊して腕をへし折り、膝立ちにさせて相手を制圧していた。実力的にはイェーガーでも大隊長になりそうなほどの強敵のはずだが、バネッサの前では等しく雑魚でしかない。
「捕えたけど、拷問する?」
バネッサが表情を変えず、口調だけは悪戯っぽくラインに問いかける。だがそんな時間がないことはラインとてわかっている。
「第一王妃はどこだ? お前たちは王妃の側近じゃないだろう?」
「・・・答えると思うか?」
「お前、辺境帰りか。見た面だ」
その言葉に男の顔が喜びとも驚きともとれない赤色に染まった。当然ラインのかまかけのわけだが、効果は覿面だったようだ。
「俺がわかるのか?」
「名前までは知らんがね」
「そうか。もしばれるようなら、しゃべってもいいと言われている」
「誰に、何をだ」
「誰かは言えない。だが第一王妃の振りをしていた者は、そこのクローゼットの中だ」
言われたとおり、カウレスとドーナがクローゼットを開けると、胸から上を抉られた死体がごろりと前に飛び出してきた。ここにいる面子はたいていのことではもはや悲鳴を上げないが、それでも第二王妃クエステルの心臓には悪いようだ。
それを知っていてあえて、イメルはクエステルに問いかける。
「クエステル様、確認してくれ。偽物かい?」
「――待て」
クエステルが死体の肌を確認し、ゆっくりと頷いた。
「ああ、間違いない。偽物だ」
「上半身はどこだ?」
「凍らせて持ち去った。第一王妃の振りをしていた者が人形だと言う証拠が必要だからな」
ラインの質問に男が答えた。
「証拠。なんのために?」
「当然、正当性を証明するためだ。人形にアレクサンドリアは操られていましたと、対外的に説明する必要がある」
「そんなことをすれば、アレクサンドリアの威信は地に堕ちるぞ?」
「ふっ、そんなものが端からあると思うのか?」
男は嘲笑った。ラインにしてみても、内心では同じ意見だ。ただ今でさえ、それを認めたくはないというだけで。クエステルやイメルの前では、微塵も表に出すわけにはいかないが。
続く
次回投稿は、6/23(木)5:00です。