開戦、その225~裏切り者と渇く者㊿~
「さて、急ぐぞ。城壁はある程度持ちこたえているようだが、いつここに誰が押し寄せてくるとも限らん。王宮が崩壊したことで、さすがに城内が騒がしくなっている。この隙に敵の中央を突く」
「まさか中央を突破するのか?」
「そんな愚かなことをするものか。王家の脱出口から逆に潜入するのさ。寡兵の我々ならもってこいだ」
第二王妃クエステルがいるならそれも可能か、とラインが足を踏み出しかけたところで、バネッサがその裾を引いた。バネッサが誰にも聞こえぬように、耳打ちをそっとする。
「(副長、空気がおかしいことに気付いてる?)」
「(気付いてはいる。だが色々と起こり過ぎて、麻痺しているのは否めないな)」
「(どこまでが副長の仕掛けなわけ?)」
その言葉の意味は様々だったろう。ラインとて確信があるわけではない、こんな不確定要素が多い戦場に連れ込めるのは、それこそ余程目端の利く戦士に限られる。その戦士たちですら、半数が死んだわけだが。
これ以上の犠牲者を出すわけにはいかないが、それでも何の成果もなく撤退するわけにはいかず、この後に起こり得る事態もラインは想像していた。
「(おおよそ俺の仕掛けの通りさ。偶然も重なっているが、これ以上ないくらいにはうまく進んでいるさ)」
「(落としどころは――まだ決まってないわね?)」
バネッサの指摘がラインの脚を止めかける。その通りなのだ、戦場に予定調和などはありえない。
「(――大丈夫だ、帳尻は合わせて見せる)」
「(そ、ならいいけど。ちなみに『本物の』レイドリンドが出てきたならば、私でも同時に相手はできないわ)」
「(本物?)」
「(そこのイメル以上ってことよ)」
言われてはっとしたが、ベッツとてレイドリンドのおおよそを返り討ちにしたとはいえ、全てではないだろう。中立であるはずの当主とその側近――彼らは絶対に避けねばならない。
いや、むしろ敵はどうするつもりなのか聞きたいと思った。ここまでやって動かないレイドリンドの連中が何を考えているのか、それはラインでも測りかねているのだ。
バネッサはそこまでわかっているのだろう。そっとラインに耳打ちした。
「(もし私の手に負えないと判断したら――私は離脱するわ。あなたたちの命は可能な限り守るけど、私にとっては必須ではない。それは覚えておいて)」
「(わかっている)」
ラインは頷き、イメルの導きに従って影のように城の中を走っていた。
***
「こういうのは普通、外に繋がるように作るんじゃないのか?」
「そういう通路は別の入り口だ。外から何かの偶然で私室まで押し入られたのではたまらんからな」
クエステルの案内の元、彼らは秘密の脱出路を逆走する。台所の地下収納の奥、物置の壁がそうだとはさすがに思いもしないだろう。言われてクエステルが特定の手順を踏むまで、そこの先に空間があるなど思いもしなかった。
「開くかどうかは賭けだったがな」
「おいおい、使ったことはなかったのか?」
呆れたようなイメルの問いかけに、クエステルがふんと鼻を鳴らす。
「当然だ、ここは第一王妃専用の経路だからな。私が第一王妃と特別親しくなければ、当然知るはずもない通路だ。万一に備えて、教えてもらっていたのさ。だが、万一などそうそう訪れるはずもない」
「そこまでの信頼関係かよ」
「そう、だと思っていたのだがな。本当の意味で信頼されていなかったのか、あるいは危険を感じる暇もなく始末されたのか。今となっては真実はわからん」
先頭を歩き、その通路を松明で照らすクエステルの表情は後ろからは見えない。見えなくて幸いだ、とラインは心の中で独り言ちた。
薄暗く、人がようやくすれ違えるくらいの幅の通路をしばし進んだところで、イメルとラインの警戒が急に上がった。漲る緊迫感を、先頭のクエステルも背後から感じ取ったようだ。
続く
次回投稿は、6/19(月)5:00投稿です。通常ペースに戻します。時間帯に需要があるかどうかは不明ですが、やってみます…