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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その224~裏切り者と渇く者㊾~

***


「副長、本気!?」

「ああ、俺が冗談を言うような性分に見えるか?」

「見える」


 間髪入れずに言い切ったエルシアに、ラインはがっくりと肩を落とす。だがエルシアの表情は大真面目で、それ以上にラインもまた真剣だった。

 エルシアは少し離れた場所で、どういった経路で第一王妃がいる場所まで攻め上るか検討しているイメルたちを横目に見ながら、ラインの肩を責めるように掴んでいた。


「でも、冗談じゃないよのね?」

「当然だ。さしもの俺も、この状況で冗談は言わん」

「どうして私なの?」

「たまたまお前がここにいた、というのも大きな理由だが」


 ラインはエルシアにそっと耳打ちする。


「アレクサンドリアに恩を売っておいて損はない。イェーガーにとっても、お前にとっても」

「この国、もうヤバイんじゃないの?」

「まだ大丈夫だ、さっきジネヴラ姫を見て確信した。彼女は為政者だ。大きくなれば、レイファンやミューゼ殿下とも渡り合うさ」

「贔屓目じゃなくて?」

「レイファンほどじゃないかもしれんが――少なくとも、まともな人間だ。それにアレクサンドリアの貴族位には国際的にも価値がある。そしてここが人形共に占拠されているからこそ、好機だ。多くの偽物が粛清されて、貴族位が空位になる。上手くすれば、一代で伯爵くらいにはなれるかもな」


 それが人間の社会が飽和しつつある現在でどれだけ稀有なことか、わからぬエルシアではない。だがそれでも降って湧いた話が旨すぎて、怪訝そうな表情になるエルシア。


「アレクサンドリアと関係を作るなら、恩だけ売っておいて別の人で繋いでもいいんじゃないの?」

「貴族の連中と渡り合えるほど強かな奴はイェーガーにも少ない。それに、ある程度の年長者は貴族社会に嫌気がさしていたり、傭兵の暮らしにどっぷりと浸かり過ぎていて、貴族社会に適応できんよ。お前くらいがちょうどいい。後ろ盾さえしっかりしていれば、お前なら貴族社会でもやっていけるさ」

「あの第二王妃クエステルとかいう人を、私の後ろ盾にするの?」

「レイドリンドのおまけ付きだ。悪くないだろ」


 ラインは十分に条件の良い話だと思っていたが、エルシアの表情はまだ浮かない。もっとエルシアが飛びつくと思っていたので、これは意外な反応だった。


「エルシア、お前もしかして――イェーガーがそこまで気に入っているのか?」

「悪い?」

「いや、悪かない。悪かないが――貴族の方が安定した生活が望めるぞ? 領地の経営にさえ失敗しなければ、基本的に黙っておいても生活には困らん。特にこのアレクサンドリアでは」

「――そうね。それはわかっているんだけど」


 エルシアも自分の心境の変化に驚いているのだ。まさか貴族の生活よりも、イェーガーとして傭兵を続けることの方が魅力的に感じられるとは、自分でも思ってみなかったことだった。

 自分の上達する剣の腕前、そしてそれ以上にアルフィリースが何を成し遂げるかを見てみたいと思うようになるとは。自分以外に興味のなかったエルシアにとって、初めての感情だった。

 イェーガーでは多くの者が笑顔だ。自分のような孤児も、生粋の傭兵も、元騎士も、無教養な者も、幼い子どもも。まだこの傭兵団のために力を尽くしたいと思うのは、悪い事だろうかと考えるようになっていた。

 まだ挑戦していたい、アルフィリースの歩みの後に残る光景を見ていたい。そう考えたエルシアは悩んだ末、ラインに疑問と取引を投げかけた。


「アレクサンドリアの貴族でいることと、イェーガーの傭兵であることは両立するかしら?」

「む――まぁ、領地経営は他人に任せて、貴族としての最低限の義務さえ果たせば、条件次第ではありえるかもなぁ」

「なら受けてもいいわ。ただし、しばらくは今のままの立場にして頂戴。領地経営、貴族の常識。中隊長としてさえあやしいのに、学ぶことが多すぎて追いつかないの」

「わかった。どのみち戦後の混乱が落ち着くまでは数年かかるだろうさ。しばらくは自分のことに集中するといい」

「わかった」


 エルシアが力強く頷いたので、ラインは少し申し訳ない気持ちになった。少女一人の運命を、今決定づけたような気がしたからだ。これでよかったのかと思いつつも、エルシアならこういった運命も上手く乗りこなすだろうという確信もあった。

 エルシアとラインの話がまとまったころ、イメルの作戦も大まかにではあるが決まったようだ。


「大雑把にだが、作戦を説明するぞ」


 イメルの作戦上は、ここから第一王妃が住んでいる区画までおおよそ500歩程度とのことだ。ただ、彼女は区画内での生活範囲をある程度移動しているらしく、今現在の生活場所が知れないとのこと。

 第一王妃は貴族上がりなだけに、アレクサンドリアの暗殺部隊の恐ろしさもよく知っていた。アレクサンドリア国内で暗殺により第一王妃が殺害された例は、記録上は残っていない。だがレイドリンドの派閥の一つが護衛につく立場である以上、裏では熾烈な闘争があってもおかしくはないだろう。


「本人の生活をそのまま真似ているのであれば、最低4か所に生活拠点があるはず」

「虱潰しにするしかないのか?」

「そう、だろうな」


 こればかりはイメルも確信をもって答えられる問題ではない。そしてイメル曰く、アレクサンドリアの血筋こそ正統たれ、という純血主義のレイドリンドが護衛についているとのことだった。


「戦力的には大したことはないが、こちらも現在この小勢だ。待ち伏せされると厄介なことには変わらん」

「中立の連中を説得するってのは?」

「それは無理だ。奴らが危惧するのは、我々が共倒れになった隙を他国に突かれないように王宮の戦力を保持することだ。我々のどちらが倒れたとて、眉一つ動かさないだろうよ」

「さすがって言っていいのか?」

「人間味のない奴らさ。同族のあたしでも、時々何を考えているのかわからなくなる。そんなの、もう時代遅れだろうにいつまで奴らは続けるのか」


 イメルの言葉には熱が一切なかった。それだけ冷酷で、鋼の意志を備えた連中であることだけは伝わってきた。まるで永久凍土で発掘を待っている鉱石のようだと、イメルは吐き捨てた。



続く

次回投稿は、6/17(土)6:00です。

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