開戦、その223~裏切り者と渇く者㊽~
エルシアにしてはその手の中にあるものを丁重に扱いながら、礼を欠かないように扱っていた。
「どころで副長、このようなものを手に入れました」
「お前、それは――」
「どこで、それを?」
エルシアの手にある王冠を見た瞬間、クエステルの顔色が蝋のように白くなった。エルシアはその表情を見てはっとした後、ラインの頷きを見て剣帯を後ろに下げ、一歩引いて敵対の意志を示さないように挨拶した。跪きこそしないが、傭兵として貴人に礼をするための教育もエルシアは受けている。
ゲイルやレイヤーでは、こうはできない。統一武術大会以前から、貴族への玉の輿などと公言していたこともあるエルシアだ。このあたりは強かなのだ。
「失礼いたしました。イェーガー所属、中隊長エルシアにございます。これを王宮に確保いたしましたので、報告をさせていただきます」
「――王は、そこに?」
「王様かどうかは存じませんが、歴代の王らしき方々の肖像画が飾られている部屋でした。大きなテーブルがあり、そこに、そのぅ・・・」
「歯切れが悪いね、先だってやりあった時とは別人みたいだ。はっきり言いな」
口ごもるエルシアの様子を見てイメルが口を挟んだが、その様子からもラインは何が起きていたかをなんとなく察していた。
エルシアは大きく息を吐くと、意を決したように告げた。
「王様と思しき、死後二か月は経過したと思われる腐乱死体がありました」
「――馬鹿な。王のお姿は、ひと月ほど前に健在であると確認して――」
「本人とは限らんでしょう。こと、ここに至っては。それは貴女も考えていたのでは? 自分たちが見ている王は、果たして本物なのか、と」
「お前、なんでもずけずけ言うんじゃないよ!」
イメルが厳しくラインを叱責したが、ラインはその程度で怯みはしない。むしろ顔色を失くしたクエステルは、ぐっと唇を噛みしめて、頷いていた。
「いえ、そこのラインの申す通りだ。以前よりも顔色は良くなったが、表情に乏しくなったとは思っていたのだ。簡単に会話をするだけで、本調子ではないのだろうと勝手に慮っていた。だが王妃が偽物なら――王とて偽物とどこかで挿げ替えられていてもおかしくはない。見抜けないは、我が不明よ」
「クエステル」
「イメル、案じるな。覚悟はとうにできている。残った第一王妃の偽物を討つ。たとえ簒奪者と誹られようともな」
「・・・そこまで腹が決まっているのなら、何も言うことはないけどな。ま、乗りかかった船だ。死出の旅路まで付き合ってやるさ」
「すまんな」
イメルがそう答えたのを見て、エルシアはどうすべきかとそわそわしていた。ラインが何かを言う前に、クエステルが気を使う。
「ところでそなた、エルシアと申したな」
「は、はい」
「もしかすると、先の統一武術大会の女性部門優勝者かな?」
「そ、そうですが。何か?」
「なるほど。どうりでこのイメルとやりあえるはずだ」
「?」
エルシアの疑問に、イメルがしたり顔で答えた。
「あたしもそうさ。かつて優勝したことがある。ま、ディオーレ殿の代役だがね」
「げっ、どうりで強いと思った」
「そりゃこっちのセリフだ。ディオーレ殿が出場している統一武術大会で優勝するとか、どんな腕前だよ。どっかの名門貴族か、それとも有名な武家の家系か?」
「あいにくと孤児で、剣を握って一年少々よ」
「マジか! そいつは凄い」
「なんと・・・まさに姫騎士と呼ばれるだけあるな」
「ちょっと、よしてくださいますか? 私、そんな資格なんてないし――ないのですけど!?」
エルシアは急に褒められて面はゆい気持ちになったが、イメルだけでなく、第二王妃クエステルも心から感心したようだ。しばしその顔をしげしげと観察していたが、エルシアも迂闊に逃げるわけにもいかず、どうしたものかと視線でラインに助けを求めていた。
一方でラインもまた、統一武術大会で優勝することの意義、そしてエルシアが騎士の国で想像以上の知名度と名誉を得ていることに驚いた。自分のことはそもそも知っている者もいるだろうが、このエルシアの知名度は「使える」と感じたのだ。
問題は、話を切り出す間合い。どうしたものかと思案していると、ラインの目に光が入った。2回繰り返されるその眩しさに、合図だと理解した。ここで来るのか、とラインは口元が企み深く歪むのを隠せなかった。自分だけではない、このエルシアもまた運命の導きとした思えない人生の巡り合わせを持っている少女なのだ。
もはや巻き込まれるのは必須事項だ。あとはどこまでこの激流を乗りこなせるかは、エルシアの才覚にかかっているのだろう。ラインは決断した。
「クエステル殿。歓談中悪いのだが、これからあなた方は第一王妃――その偽物の首を狙うということでよろしいか?」
「・・・ああ、そうだ。口にしておかないでいたのに、それを聞いたからには――」
「構わない、俺たちも一枚噛ませてもらう。そこのエルシアと一緒にな」
「第一王妃の――なんですって?」
エルシアが我に返った時には、既に重大な人生の岐路が終わったことを悟ることになる。エルシアがここに来た事で、既に彼女の運命は大きな変転を遂げていたのだ。
続く
次回投稿は、6/16(金)6:00です。不足分連日投稿します。