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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その222~裏切り者と渇く者㊼~

***


「王宮が!」


 叫んだのは誰だったか。崩壊する王宮を見て、ほとんどの者が足を止めて呆然と立ち尽くした。第二王妃クエステル、その護衛であるレイドリンドのイメル、そして幼いジネヴラ姫。王宮に赴こうとしていた面々は、王宮が崩壊する様を見て、信じられないとばかりに呆然と立ち尽くしていた。

 それはラインとて同じだったが、想定できなくもなかった事態なので、いち早く我に返ることもできた。


「(ルナティカの奴――本当にやったのか。いや、やらざるをえない事態だったのか)」


 既に王が死んでいる可能性は、常にラインの頭にあった。そうでなければいかに王が凡庸であろうともここまで国が荒れないだろうし、内乱にももう少し歯止めがかかってもいいと思っていたのだ。王は凡庸だが、悪人ではなかったことはラインも知っている。特に、戦乱を招くような為人ひととなりでないことは、ディオーレからもよく聞かされていた。

 ラインが瞬間的とはいえ放心状態になったのを見逃さず、隣のバネッサが肘で小突く。


「(ちょっと、どうするの? これじゃ王様から王位を禅譲してもらうなんてできないじゃない?)」


 その通りだった。王が死んだとしたら、通常は嫡出子の娘であるジネヴラ姫が王位を継ぐ。ただ、それは公式に認められた世子の話であって、非公式の血統であるジネヴラが穏便に王位を継ぐのは、王から禅譲してもらうしかないと思っていた。

 ジネヴラが王から直接その身分を保証された何かを持たされていなければ、なんとでも言い繕えるのが政治の世界だ。それこそ証拠をでっちあげてしまえば、浮浪児だって王位を継ぐことが可能だろう。だが王太子だったあのクズ男が非公式に産ませた女の子どもになぞ、世子としての証拠を与えるはずもない。

 ラインはちらりと第二王妃クエステルの方を見た。彼女も顔色を失くしているところからも、あまり証拠の品を期待することはできなさそうだ。ジネヴラを養子として、彼女が身分を保証したところでそれは同じだろう。ジネヴラがある程度成長した男ならばよかった。騎士としてそれなりに腕が立てば、納得してくれる者もいたかもしれない。だが彼女は少女だ。王族の血を、それに伴う威厳を継承していることは先ほどのやりとりで十分にわかったが、彼女を見ていない諸侯は納得すまい。

 ラインはクエステルの傍にすす、と寄った。


「クエステル殿。一つ聞くが、今現在王の血縁はどれほど生き延びておられる?」

「・・・北のバドーレ公爵は王の甥に当たる。経験、人望共に公爵にふさわしいだけの素質を備えている。西のサドア辺境伯は老齢だが、王の叔父だ。紛争地帯から時に攻め寄せてくる西の砦として、ディオーレ殿ほどの名声はないが堅実な働きをしてこられた。外交手腕にも長けた、思慮深い方だ。南のロデール侯爵は従弟に当たるが、実践こそないが剣の腕前は王よりも上で、社交的で知己も多い。私も悪い印象は抱いていない」

「血統から考えられる候補は沢山いるってことか。つまりは――」


 ラインはジネヴラ姫を横目で見る。崩壊した王宮を前にさすがに固まってしまっているが、ここで名実共に実験を握らなければ、ジネヴラ姫はひそかに暗殺されてもおかしくない立場だ。

 最も効果的な次の手は何か。ラインはここに至るまでに考えられる手をいくつも打ってきたが、それらがどの程度効果があるのかはまだわかっていない。勝負事には弱くないつもりだが、それよりも着実に勝てる方法を取る性質タチだ。

 ラインの掌に、じわりと汗が浮かんだ。焦りを悟られてはならない。ここで弱みを見せれば、第二王妃クエステルですら味方ではなくなるかもしれない。ラインが自分を戒めようとして、丁度その時にレヌールを担いだイェーガーの一団が現れた。


「お前ら――」

「副長!」


 エルシアが叫んだ。周囲の兵士たちが警戒する中、それでもエルシアは構わず駆けてきた。ラインが見れば、レヌールは既に息も絶え絶えだ。進行方向を変更してこちらに来たことからも、それでも伝えたいことがあったのだとわかる。

 そのレヌールが、ラインに向けて手を伸ばした。ラインはユーティの方を見ると、「手短に」とだけユーティが述べた。その表情からも、あまり余裕はなさそうだ。


「副長――」

「レヌール、無理をするな。要件だけ話せ」

「あの人形たち、主従型じゃありません。中心となる相手を倒しても、消滅しない可能性が」


 レヌールは外のセンサーと連携して、市街地の戦況を伝える役割も担っている。ラインはディオーレ率いる反乱軍の様子も把握できるようにセンサーたちを展開させている。どうやら、その一方が届いたようだ。王宮を犠牲にしてまで中心と思しき敵を倒したのに、戦況が好転しないようだ。


「反乱軍は間に合わないのか」

「――はい」

「わかった。お前は休め、あとは俺がやる」

「――すみません」


 レヌールはそれきり気絶したように眠った。レヌールとユーティが先に行くと、エルシアが残って袋に入れたものを取り出した。それを見て、ぎょっとするラインと第二王妃クエステル。



続く

次回投稿は、6/13(火)6:00です。

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