開戦、その220~裏切り者と渇く者㊺~
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「けほっ、けほっ」
「ぶ、無事か」
アクレンドリア王宮にて謎の小爆発が起きた後、衝撃で吹き飛んだイェーガーの傭兵たち。それぞれが壁や柱に叩きつけられながら、そこはさすがに歴戦の戦士たちなのか、受け身をとったようだ。
だが衝撃波はかなりの威力で、周辺の建物まで一部倒壊させていた。当然窓ガラスなどは衝撃で全て割れており、ある傭兵は自分の上に倒れてきた木の柱をどかして起き上がると、小屋が支えを失って倒れてきたので慌ててその場から転げまわって避難していた。
その傭兵が、自分に降り積もった藁と埃をはたきながら不満を口にする。
「なんだったんだ、今のは」
「――」
「おい?」
「それより、あれだ」
仲間の傭兵が指したのは、黒い球が出現していたその場所は地面が抉れてなくなっていた。王がいた宮殿は簡素ながらも3階はあったはずだ。病床ゆえに居室を1階に移したとしても、王宮には間違いなく階上があった。
だがそれすら、今はない。黒い球体が空間ごと王宮をえぐり取ったかのように、壁が一部残って、それに支えられた天蓋が一部みられるだけだ。勢いよくえぐり取られたせいで、本来なら支えられないはずの形で残っている。
傭兵たちが呆然としてあつまりながらそれを見ていると、倒壊していた壁の下敷きになっていた傭兵が壁をどかして立ち上がってきた。
「お前ら、助けろよ!」
「――ああ、悪いな」
「なんだお前ら。呆然として――」
大柄な傭兵がそういったとき、壁をどけた衝撃のせいか、残っていた壁と天蓋が忘れたように倒壊しはじめた。こちらに倒れてくる壁と天井、そしてその上にある初代王の像が倒れてくるのを見て、慌てて傭兵たちが散開した。
すんでのところで彼らは避難することに成功したが、王の像が持っていた剣は地面に深々と刺さっていた。そこにいたままだったら、誰かが像に下敷きにされて死んでいただろう。像となって崩れる際にすら誰かを倒そうとする。王でありながら、最後は戦場で敵と相打ちになって果てたと伝えられるほど苛烈な剣士だったアレクサンドリア初代国王の伝承を彼らは思い出し、うすら寒い思いをした。
そこにルナティカが姿を現した。彼女は少々埃をかぶっただけで、傷一つついてはいない。歴戦のイェーガーの傭兵ですら、銀の死神と称されたルナティカと行動を共にしたことはほとんどなく、その表情の乏しさと容赦なさを目の当たりにすると、やはり彫像のように美人であることよりも恐ろしさの方が上回ってしまうのだ。ラックと懇ろにしていなければ、こうして指示を聞くことすら憚られるところだった。
彼らを代表するように、老練の傭兵が口をきいた。
「ルナティカ、さっきの爆発は説明をくれるんだろうな?」
「痕跡を残すな。それができなきゃ、跡形もなく吹き飛ばせ、が副長の命令。仲間がやられたことで、穏便な手段が取れなくなった。それだけ」
「なるほど、それならいい。だがもうちょっと事前に教えてほしいのと、死んだ連中には十分な補償と弔いを頼む」
「この面子ならまぁ問題なくかわせるだろうと予想できて、威力は私もちょっと想定外。それに補償は私の権限じゃないけど、副長がそうしないわけがない」
「ならいい。全員怪我は!?」
老練の傭兵の言葉に全員が無事を答えるが、エルシアとレヌールの姿が見えなかった。そこにエルシアが焦った様子で駆けてくる。
「大変! レヌールが重傷よ!」
「なんだって!?」
仲間が駆けつけると、そこにはうずくまって倒れたレヌールと、その傷を看るユーティ。そして折れて飛び出た杭のようになった木片には、べっとりと血がついていた。レヌールの脇腹が見る間に鮮血に染まる。
その様子を見て余裕がないと思ったのか、ルナティカが駆け寄った。
「ユーティ、容態は?」
「すぐにどうこうってほどじゃないけど、傷が深くて出血が多いわ。内臓は大丈夫だけど、大きめの血管が傷ついたかも。早く安静にできる場所に運んだ方がいい」
「わかった。あなたたち、レヌールをかついで即座に撤退を。なんなら、城門の占拠も解除していい」
「そんなことをしたら、お前はどうする?」
老練の騎士の問いかけに、ふっとルナティカは笑った。夜の月のような冷たい笑い方に、空気が冷えるような思いをする傭兵たち。
「私一人ならなんとでもなる。正直、他の人間は足手まとい」
「ちょっと、そんな言い方――」
エルシアが反論しようとして、老練の傭兵に止められた。
「わかった。俺たちにできることは?」
「とりあえず、ない。コーウェンの指示に従って動いて」
「よし、行くぞ」
老練の傭兵は察することがあったのか、それ以上の反論もなくその場を去って行った。丁度その時、流石に王宮の倒壊に合わせて人の気配が集まりだしていた。この王宮にも、人間の兵士はまだいるらしい。
ルナティカは静かにマチェットを抜くと、あえてその身が見える場所に移動していった。
「ここから先は私の仕事。汚れ役、囮、暗殺、全て引き受ける」
それがあなたの仕事だと、リサは言った。アルフィリースとラインが陽の当たる場所を歩くために、必ず汚れ役が必要になるとコーウェンもリサもレイヤーも知っている。ルナティカもまた、リサがそう望むのならそれでもいいと思っていた。ただラックを巻き込むことだけは避けたかった。彼の料理の腕前は、確実に陽の当たる場所のものだ。
それでもなお彼は、自分を選ぶつもりのようだ。それならば、ルナティカにもやるべきことと覚悟がある。
「私に敵対する者、全て、潰す。私を狙うことが無駄だと、無意味だと教え込む。私を畏れろ、お前たち。これはその第一歩」
ルナティカは彼女なりに一つの覚悟を持って、この戦いに挑んでいたのだ。
続く
次回投稿は、6/9(金)7:00です。