開戦、その214~裏切り者と渇く者㊴~
「・・・これは、何?」
「・・・知るかよ」
エルシアのつぶやきに、一番老練の傭兵が返した。彼らの眼前にいたのは、王宮内の閲兵上に一糸乱れず整列する兵士たち。その数は数百を下らないだろうが、異様なのはその態度。
彼らは衣服をほとんど身に着けていなかった。下着だけを身に着けている者もいれば、肌着だけで下着をつけていないものもいた。それどころか、衣服一枚も身に着けいない全裸の者もいた。だが手には兵士のように、槍や剣、そして盾を持っていた。
年齢も性別も様々だが、総じて若い者が多い一方で、老人も子どももいた。彼らはただの一言も発さずその場に直立不動で整列しており、目を凝らせば後方からはばらばらと人が王宮から出てきて、まだ整列している最中だった。
見れば、後方の者になるほど武器は粗末なものとなり、中には草刈り用の鎌や包丁、中には芋剥きに使うような小さなナイフを持っているものもいた。その異様な光景を見て、さしものルナティカも判断に迷った。
「これは――アレクサンドリアの兵士じゃない?」
「――人形、だよね?」
おしゃべりなユーティですら言葉に詰まる光景。誰もが唖然とする光景を前にいち早く冷静に戻ったのは、むしろ経験の少ないエルシアだった。
「レヌール、彼らが人形かどうか、判別できる?」
「・・・」
「レヌール?」
「はっ? やってみます!」
我に返ったレヌールがセンサーを感知する。足元から調べるセンサーで、彼らの体表を感知する。彼らにしてみれば、足裏を虫が走ったくらいにしかわからないだろう。衣服をまとっていない分センサーの精度は上がり、靴も履いていなければ風が吹いたくらいにしか思わないはずだ。実にセンサーにとって好都合。
そしてほどなくレヌールが目を見開いた。その表情は驚きに包まれている。
「えっ・・・そんな馬鹿な」
「どうしたの?」
「え、ええ。たしかに彼らは余すところなく、人形です。ただし、品質が、その――」
「とても低い? たとえば、粘土細工レベルの使い魔に近いとか」
「有体に言ってしまえば、粗悪品です。これなら野良魔術士にも劣るのではないかと思えるくらいの出来栄えの人形――なんらセンサー対策をなさず、四肢とそれを動かす魔術的な核がある程度の土塊――あれではまともな耐久力なんて」
「期待をしていないんじゃないかな」
エルシアの言葉に皆がはっとした。これらが全て使い捨ての人形だというのならば、武器だけあればいいのだ。最初から使い捨てる気で作っているのなら、防具はおろか服すら不要ということか。
一同は合点がいったが、ではなんのために用意しているのかということになる。そのことに思い至る時に、ユーティがふっととんでもないことを言った。
「・・・さぞかし無念だろうね。こんな人形に殺される人間って」
「無念・・・そうだね。誰だって、こんなところで意味もなく死にたくはないよね」
「ふむ」
ルナティカは同意したエルシアの意見に、素直に賛同できなかった。そう、人間の側から考えると無念だ。だが、相手の側なら? 人間の感情への機微がやや疎いルナティカだから――そう、かつてはアルマスの暗殺者として考えることなく人を殺したルナティカだからわかることもある。殺す側の、そして殺すように指示する側の連中がどう思うのかと。
「こんな人形に殺される人間を見るのは、さぞかし滑稽な劇のようだろう」
「ルナ! あんた、なんてことを!」
「そう考える者がいてもおかしくはないということ。元暗殺者の私だからわかることもある。人に殺しを依頼する人間は余程切羽詰まっているか、頭のおかしな連中だけだ。まして虐殺を指示する奴ともなれば――その精神性は計り知れない。なるほど、副長の言っていることがわかってきた」
ラインは「最悪、跡形もなく消せ」と言った。その指示はきっと正しい。こんなことを命令する連中はこの世に存在させてはいけない。
「行こう。こいつらが市街地に入ってきた反乱軍やイェーガーに解き放たれる光景は見たくない」
「同感。大本をさっさと潰そう」
「まだまだ増えそうだぞ、こいつら。どこから来ている?」
老練の傭兵が呟いた言葉に彼らははっとし、人形が歩いてくる方を辿っていった。慎重に探り、そして彼らが見たのは、王宮の台所で人形の粗悪品が大量に生産される光景だったのだ。
「これは――組み立て製品を作る時の作業場に似てるな」
「鍛冶場とかで見る、あれ?」
「ああ」
傭兵の一人が言ったのは、部品別に大量生産用の防具を仕上げる流れ作業の現場。誰もが得意な部分だけを作り、全体で仕上げることで効率と制度を両立させる仕組み。後に工場制手工業と呼ばれる手法の、人間版がそこで展開されていた。
続く
次回投稿は、5/28(日)7:00です。