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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
254/2685

魔女の来訪、その1~懐刀~


***


「テトラスティン様、お探しの物はあったのですか?」

「ああ、多分ね。今暗号を解いている所だよ。難しいけど、他の者にはやらせたくないから時間がかかるかも」

「左様ですか」


 眼鏡を直しながらリシーが居住いを正す。馬車に揺られる中では眼鏡もすぐにずれるだろうにと、テトラスティンは苦笑する。もっとも眼鏡を付けるようにリシー指示したのはテトラスティンで、リシーの目はいたって正常な訳だが。単にテトラスティンの気分でそうさせているわけだから、ひどいものだ。

 なんでもできる万能秘書のリシーが眼鏡と悪戦苦闘する様を横目で楽しみながら、テトラスティンはさる魔術士の手記を解読しているのである。

 ミリアザールと会談を持ってから、テトラスティンは部下を通して彼女と密に情報のやり取りをしている。その中で、最近多発する魔王のルーツを探ろうとテトラスティンは各地で情報を集めていた。合成獣キメラの専門家がいると小耳にはさみ、彼の元を訪れるも成果は得られず、しかも彼の作る合成獣は魔王などの完成品に比べれば粗悪品もいい所だった。

 だが全く収穫が無かったわけでもない。遥か昔、テトラスティン自身も記録で読んだ事のある合成獣の大家が実在したことを、その魔術士から聞きだしたのだ。その人物に関する情報をテトラスティンは可能な限り集め、ついに彼はその人物の工房だった場所を突き止めたのである。

 だが当然のごとく、その場所はとうに無人となり荒廃していた。ゆうに百年はたっているであろうその場所には、その男の手記と研究材料がいくつか残っているだけ。むしろ残っていただけでも奇跡に等しいのかもしれない。だが、その資料をざっと見るだけでもテトラスティンは気がついたことがある。


「(誰かが確実にこの研究を受け継いでいる)」


 その魔術士――記録上では「ファーマス」と呼ばれる男は、様々な実験経過を残していたが、彼の工房に残っていた実験結果はばらばらであり、一部しかなかった。つまり誰かが持ちだしたのだとテトラスティンは想像している。

 だが、誰がということまではわからない。彼の手記はすべて暗号化されているし、全てを読み解くのはかなり骨の折れる作業だった。全て読んだとしても、謎が解けない可能性も高い。その中でも、テトラスティンは気になる部分を先に解読してみた。手記の最後のページである。


「『私はついに・・・ついに理想のキメラを誕生させた! これこそが人類の未来だ!!』か・・・」


 人が自ら作り出した物に人類全体の未来をどうして託せようかとテトラスティンは思うのだが、どうもこのファーマスという人物が正気だったのかどうかは疑わしい。もっとも研究者などは、皆そのようなものかもしれないが。


「ふ、正気で無いのは私も同じか・・・」

「あ、ようやく気付かれましたか?」


 テトラスティンの呟きに、すかさずリシーがツッコミを入れる。


「そこはだねリシー、放置した方が格好いいだろう?」

「そんなことは知りません。それよりも」

「すみません、進路をふさがれました!」


 馬車が止まり、御者が悲鳴を上げる。そこで目を合わせるテトラスティンとリシーの二人。


「人気のない道だしね、どうせ盗賊か何かだろう。リシー、任せる」

「仰せのままに。ところで、どのコースで行きますか? 皆殺し? 全殺し? 虐殺?」

「どれも大して変わらないじゃないか。まあほどほどにね」

「わかりました。ではほどほどに皆殺しで」


 結局物騒な事を言うと、リシーは外に出る。しばらくして外から大量の男達の悲鳴が聞こえてきたが、最後は御者の悲鳴で締めくくられた。どうせリシーが脅したのだろうとテトラスティンは当たりを付けるが、彼は一切関知せず解読を続けていた。しばらくして汚れ一つないリシーが戻る。


「報告は?」

「あまりに問題が無かったので。全員身ぐるみひん剝いて、恥ずかしい体位で晒しておきました」

「どっちが盗賊だかわかりゃしない」


 いつもの事にもテトラスティンが呆れると、リシーが指を鳴らして再び馬車は進みだす。そのまま一刻も進んだろうか。またしても馬車が一つ大きく揺れた。

 今度は、リシーとテトラスティンの目が鋭く光る。


「リシー」

「わかっています。今度は尋常ではないですね」

「御者は」

「既にやられたでしょう」


 その瞬間、車の上半分が斬り飛ばされた。リシーは伏せてかわし、テトラスティンは本を掴んだまま、下にずれるようにしてかわした。


「あーあ、髪が一部切れちゃった」

「テトラ!」


 リシーがテトラスティンに迫る2本の剣を、メイド服から取り出した剣ですんでのところで食い止めた。剣の持ち主は全身鎧で顔が見えない。ヘカトンケイルの面々であった。

 そしてあまりにぎりぎりの所で食い止めたため、リシーの顔がテトラスティンの眼前にある。テトラスティンはそんなリシーの顔に両手で触れ、眼鏡をそっとはずす。


「慌てなくてもいいよ、リシー。まだそこまでの危機じゃない」

「・・・失礼しました」

「ふふふ、今日は眼鏡の事はもういいよ。遠慮なくやっていい」

「ではコースはいかように?」

「決まっている。私に逆らう者は八つ裂きだ」

「仰せのままに」


 それだけ言うと、リシーの姿がふと消える。ヘカトンケイルも思わずバランスを崩すが、彼らの体勢が元に戻ることはなかった。すれ違いざま、リシーが文字通り八つ裂きにしたからだ。

 さらにリシーはメイド服を脱ぎ捨て、戦闘態勢に入る。全身は黒のぴったりとした材質の服で覆われ、あらゆる所に仕込み刃が装備できるように皮でナイフからマチェット程度の長さの刃物が固定してある。剣士と言うよりは、殺し屋と呼んだ方がしっくりくるようないでたちだった。

 馬車の上に立ったリシーを囲むのは、20体近いヘカトンケイル。だが彼女は一向に怯まない。


「我が主人の命により、八つ裂きにさせていただきます。お覚悟を」


 そう言うと、リシーはヘカトンケイルの群れの中に斬り込んで行った。その状態ですら、テトラスティンは本を読むのを止めなかった。リシーの方など見もしない。それは彼女の強さに対する絶対的な信頼。

 しばらくして。


「会長、終わりました」

「御苦労さま」


 テトラスティンがぱたんと本を閉じると、周囲には命令通り八つ裂きになったヘカトンケイルの残骸と、返り血で真っ赤に染まったリシーが佇んでいた。その死骸をちらりとテトラスティンが横目で見た。


「どうやらこいつらもキメラだね」

「はい。これが中原で暴れているという、噂のヘカトンケイルかと」

「なるほど、確かにそういった報告があったね」


 テトラスティンが半ば仰々しく感心したように頷く。


「リシーはこいつらをどう見る?」

「動きは単調ですが、かなり強いです。正面から戦えば、普通の人間や獣人では対抗できないでしょう。その分魔術耐性は低いと察しますが」

「なるほど、ならばまだ改良の余地のある未完成品と言ったところか。ならばこいつらが完成する前に一連の流れを止めたいね」

「同感です」


 リシーが頷くと、テトラスティンは火球を手に作り出す。


「一応痕跡が残らないように燃やしておこう、御者の死体共々ね。本当なら持ち帰って調べたいけど、何の準備もない状態では危険極まりない。死骸にもどんな仕掛けがしてあるかわかったものじゃないからね」

「御意にございます。念のため、御者を適当に浮浪者から見繕って雇っておいて良かったですね。遺族への説明が面倒くさい所でした」

「そうだね。ここからはリシーが御者をやってくれるかい?」

「問題ありません」


 それだけ言うとリシーは身軽に御者台へと飛び乗り、首のなくなった御者を地面に下ろす。そしてテトラスティンは御者ともども、ヘカトンケイルの死体に一斉に火を放った。その光景を見ながらテトラスティンは一瞬難しい顔をしたが、すぐに平静を取り戻す。


「あ」

「まだ何か?」

「天井がないと寒いなって」

「我慢しなさい、我儘小僧」

「ひどいな」


 周囲の悲惨な光景とはまた裏腹に、2人はとぼけた問答をしながらその場を後にする。そして、しばらくしてその場に姿を現す影が2つ。


「見たかい、ヒドゥン?」

「ああ。なるほど、大した手駒を魔術教会は持っているな」


 姿を現したのはヒドゥンとアノーマリー。相性の悪い2人だが、他のメンバーが忙しいため、今回はこの2人で現場に出向いている。もちろん魔術教会の長にして最高戦力であるテトラスティンの実力を確認するためだった。だが、ヘカトンケイル20体程度では、力不足もいいところだったようだ。


「何者だろうね、あのリシーとかいうのは」

「さてな。調べさせはするが、少なくとも現状を見る限り尋常な実力ではない。アノーマリーよ、アレを倒せる手駒を持っているか?」

「やり方次第だと思うけどね。ただあれほどの戦力を保有しているなら、例え魔術教会のテトラスティンを立場的に孤立させても、大して効果はないかも」

「尤もな意見だな。どの道魔術教会は元々が派閥意識が強く、連携などとは無縁の連中だ。作戦の練り直しが必要か」

「そうかもね。だけどそれは、かつて自分も籍を置いた者としての意見かい? 兄弟子殿」


 アノーマリーが皮肉たっぷりに言ったので、ヒドゥンが黙る。アノーマリーは意地悪くニヤニヤとしているが、ヒドゥンは苛立ちを押さえながらなんとか対応した。


「・・・昔のことだ。それに、あそこには私の求める物は無かった」

「今は?」

「その頃よりはマシだ。まだまだ研究途上だがな」


 それきりヒドゥンが黙ったので、アノーマリーとしてもそれ以上からかうわけにもいかず、まだ燃え盛るヘカトンケイルを眺めているのだった。


***


 そしてやや日を置いて魔術教会本部に帰るテトラスティンとリシー。今回のお忍びは、公式行事の合間に行った隠密行動だったのだ。あれほどの戦闘を行っていても、その日の夜には魔術教会の出資者達と何食わぬ顔で会食をこなすテトラスティンとリシーである。

 そして協会に帰ってほどなく執務室に戻り、本部を空けた間の報告を確認するテトラスティンだが、どうも入口の方が騒がしい様な気がする。


「なんだ?」

「様子を見てきましょう」


 そうしてリシーが執務室を出ようとした瞬間、報告に入ってきた若い魔術士がいる。


「会長! 一大事です」

「お前の慌て方の方が一大事だ。冷静に話せ」

「は、はい。これは失礼をば! ですが、魔女が3人、本部に直接やってきたのです!」


 若い魔術士は、突然の魔女の来訪をテトラスティンに告げたのだった。



続く


次回投稿は7/8(金)21:00です。

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