開戦、その213~裏切り者と渇く者㊳~
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そのルナティカはというと、20人ほどの精鋭を選抜し王宮中枢部へと乗り込んでいた。面子はオルルゥの側近も務めるワヌ=ヨッダの実力者たち。あるいはロゼッタ率いる特殊工作兵出身の老練な傭兵。あるいはイェーガー古参のA級傭兵たち。そしてセンサーのレヌール。加えてその中には、エルシア、そしてユーティの姿もあった。
ユーティは空を飛べるし、その気になればある程度姿を隠しながら移動することもできるので、緊急の連絡役としてこちらに同行していた。役割としてはかなり重要なものになるはずだが、その表情はいつものようにお気楽そのもの。これが一大決戦だということをわかってはいるのだが、アルフィリースの仲間として大草原を渡り歩いたユーティにしてみれば、この程度の緊張感は慣れたものだった。
一方、重圧からかエルシアの表情は固い。エルシアも先の戦いで修羅場を経験したとはいえ、そこまで重要ではないからこそ活躍できたと自分を冷静に分析している。そして今回は、ルナティカの指名により大抜擢されたのだ。エルシアは無言でルナティカの抜擢を受けこそしたが、実際には反射的に頷いたに近い。
対照的に、レヌールはリサの陰に隠れて目立ちこそしないが、大小多くの戦場の経験値はエルシアよりも上だった。そのレヌールがエルシアの心音を感じ取ったのか、その肩にゆっくりと手を置く。
「大丈夫ですよ、エルシア中隊長。とりあえず大勢の敵は近くにはいません。最短経路かつ、接敵を極力少なくするような経路を選んでいますから、早々接敵するものではありませんよ」
「・・・本当にそうだといいんだけど」
エルシアの言葉にレヌールの表情が陰ったので、慌ててエルシアは取り消した。
「あ、ごめんなさい。決してあなたの能力を侮っているわけではなくて、嫌な予感が拭えないって、ただそれだけだから」
「・・・それは、戦士としての勘というやつでしょうか?」
「そうなのかなぁ。ただなんとなく粘つくような、それでいて刺すような悪意――いえ、こちらをただ観察して知ろうとしているような、そんな嫌な視線をここに来てから感じているから」
エルシアの言葉に、その場の戦士たちがそれぞれ小さく反応した。頷く者、視線を他所へと向ける者、エルシアのことを見つめる者。ただルナティカ一人だけが無反応ながら、それでいて一番強くエルシアへの同意を内心で抱いていた。
「(やはり、エルシアは鋭い。経験値ではなく、戦いに必要な直感を生まれながらに備えている。荒れた土地の育ちだから、というだけではなく、資質がある。この子は戦場で長く過ごすことになるだろう。ひょっとしたら、イェーガーの誰よりも戦場で過ごすのかもしれない)」
戦場に出ながら快活さを失わず、それでいて固執しすぎない。そんなしなやかさがエルシアにあることをルナティカは見抜いていた。そして経験あるセンサーよりも鋭く、敵の本質を感じ取る敏感さも。ルナティカがこの面子を選抜した基準こそが、その敏感さを持ち合わせているかどうかだった。特にエルシアは、戦場の空気に毒されない。戦場の高揚や異常なまでの興奮にも流されることなく、冷静に流れを見極めることができる。普段の短慮でカッとしやすい性格とは裏腹に、修羅場になるほどのその能力を発揮するのだ。
当然、ここにいる面子は経験から同様の行動がとれる。彼らは皆、自然と敵に発見されないように足音を消し、身を隠す間合いも絶妙だ。それでいて、敵と遭遇した時には一切躊躇しない。ほとんどの場合、レヌールが指示を飛ばす前に散開し、そしてルナティカの合図で敵に襲い掛かって始末する。
今もまた、曲がり角から歩いてくる3人組の兵士を無言で待ち伏せ、ロゼッタの特殊兵が引き倒すと、ワヌ=ヨッダの戦士たちがとどめをさした。兵士は無言で痙攣して動かなくなると、その姿を崩して塵へと還っていった。
「また人形だ」
「これで始末した敵すべてが人形か」
古参の傭兵たちも、思わずため息を漏らした。ルナティカを含めて、死闘を覚悟して。あるいは、誰かを犠牲にしてでも任務を達成する。黒幕を割り出して、あるいはそれが誰かわからなければ、諸共に始末するつもりでここに乗り込んできたのだ。
任務は楽にこしたことはないのは、傭兵なら当然だ。だが表沙汰にできない、イェーガーの暗部を引き受けるつもりだった戦士たちは、拍子抜けしそうになっていた。
その緩みかけた空気を、ルナティカが小さく手を叩いて引き締める。
「皆、油断しない。まだ王宮は広い。身を隠しつつ、進むよ」
ルナティカの命令に従い、気を取り直して進む戦士たち。だが彼らはその先でさらに予想もしない光景を見た。もちろんレヌールが感知して伝えてはいたが、実際に目にするまでは信じられない光景でもあった。レヌールが伝えながら、半信半疑のまま彼らはその光景を確認することになったのだ。
続く
次回投稿は、5/27(土)8:00です。不足分連日投稿します。