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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その212~裏切り者と渇く者㊲~

「誰が過激派の当主かは、わかっているつもりだ」

「え、そうなんですか?」


 カウレスの驚きに、ラインは少し困惑したように返した。辺境で一年以上を共にしてカウレスですら、滅多に見ないラインの表情だった。


「証拠はない。だが考えれば自然とそうだとしか思えないんだ。もちろん俺だってアレクサンドリアの内政に全て詳しいわけじゃないし、貴族の世界なんかほとんど無縁だったから想像でしかないが――これだけのことを秘密裏に行えるとしたら、ある程度人材は限られる。なぁ、第二王妃様も、そこのレイドリンドの保守派の当主さんも、過激派を指揮しているのが誰かは、わかっていないんだろう?」


 ラインの問いかけに、沈黙で肯定を返す第二王妃とイメル。ラインは彼女たちの反応を見て、ますます確信を深めていた。


「――そうか。なら、ほとんど間違いないな」

「誰なんだ、その過激派を指揮している奴は?」

「あんたらが知らないってのが、最大の手がかりになった。心配しなくても、向こうから現れるさ。今すべきことは、王宮の中枢を押さえることだ」

「これだけの手勢でどうにかできると思うのか?」

「おそらくは、できる。そのための方策を、もうすでに考えている。というか、もう押さえている頃か」


 ラインが顔を上げて扉の方を眺めると、丁度その扉が開いてバネッサが入ってきた。


「副長さん、終わったわ」

「殲滅したのか?」

「いいえ、流石にあの数を一人でやるのは無理ね。せいぜい半数とちょっと――ああ、でも敵の腕利きは仕留めたわ。コルヴァ、とか言ったかしら。ちょっとだけ苦戦しちゃった」


 バネッサが指で弾いて寄越したのは、騎士の徽章だった。傭兵の認識票と同じく、身分を保証するためのものだ。コルヴァの表の認識票になるだろうが、それでも本人のものに違いない。ラインはその徽章を粗雑に扱うことなくイメルに手渡しすると、イメルはそれを握りしめて目を閉じた。


「――レイドリンドにしては真面目でまっすぐな男だった。多くは語らなかったが、私の下に来た時には、アレクサンドリアの未来を憂いていると語っていた。このままではいけない、何かを変えないと――静かに、だけど熱っぽく語る奴だった。少し危うい所があるとは思っていたが、そうか。あたしじゃあ力不足だったか」

「変化が待てない奴はいますよ、若い奴は特にね。俺だって、中立派の当主ディアリンデ様と近しい立場にいなけりゃ、先走りそうだった」


 カウレスが告げると、その場はしんとなった。多かれ少なかれ、コルヴァのような懸念は誰しもが抱いていたことだろう。

 湿っぽくなった空気に、バネッサがぱんぱんと手を叩いた。


「すまないね。私のような傭兵が口を挟んでも良い事じゃないだろうけど、次に向けて動かないと援軍が来ないとも限らない。ここに残るのか、それとも討って出るのか?」

「個人的には攻めることを勧める。ジネヴラ姫がその気なら、このまま王宮に向かって王位を正式に禅譲してもらった方がいい。遅れるほどに、市街の被害は広がるだろう。制圧するほど俺たちの数はおらず、敵の数は多い」

「一理あるでしょう。なおそなたらは、どうやってここに?」


 第二王妃の言葉に、ラインは外に出る準備をしながら手短に打ち合わせた。イェーガーの総数、バーゼル率いる反乱軍の勢力と進行状況。その知りうる全てを離して、第二王妃はラインと同じ判断をした。


「なるほど、我々も危険を冒してでも中枢に向かうべきでしょう」

「いいのかい、クエステル様? あたしらの戦力だと、ジネヴラ姫ともども危険が及ぶぜ?」

「イメル、今は危険を顧みる時ではない。どのみちこのラインハルトがいなければ、我々はここで死んでいたのだ。それに反乱軍にそれほどの戦力があるのなら、彼らの胸算用一つで有耶無耶にされる可能性すらある。我々の立場は弱い」

「ぬぅ」


 イメルは唸ったが、いかに腕利きの剣士が十数名いようが、万の大軍を前には無力だ。レイドリンドの戦力を全てかき集めたとして、反乱軍の数の暴力の前には屈してしまうだろう。

 まさか第二王妃にまで剣を向けるとは思っていなかったが、過激派の連中の対応を見ていると、何もかもが信じられないと彼らは思い始めていた。

 クエステルは王宮に翻る紋章を刻んだ旗を見ながら、暗くため息をついた。


「王家に剣を向けるのをあれほど躊躇わぬとは――アレクサンドリアの権威も落ちたものよ」

「勘違いしていなさるようだ、第二王妃殿。アレクサンドリアの若い騎士たちは、最初から王家に忠誠を誓っているわけじゃない。彼らはアレクサンドリアという国に忠誠を誓ったのさ。王家も貴族も、その旗頭に過ぎない。彼らがそのつもりだからこそ、騎士たちはついていった。それを責務と義務を忘れた時、彼らは王家だとみなされなくなったのさ」


 ラインには第二王妃クエステルの気持ちもわかるような気がした。いや、責務を感じることができる第二王妃だからこそ、その気持ちは自分よりも悲痛だろうと推し量る。


「ふん、綺麗ごとばかりで国が動くとお思いかい?」

「もちろんそうじゃないこともわかっているさ、イメル殿。だけどな、多くの若者は熱に浮かされて動くものだ。熟練して冷静さを身に着ける前に、過半数が死んでいるさ」

「そうならないように鍛えていたんだがね」

「それを台無しにした連中が王宮に巣くっているのさ。それは中立だろうが体制派だろうが過激派だろうが、変わらんはずだぜ?」

「違いない」


 全員が王宮を睨み据えた。そこに翻る王家の旗は、ラインにとって今ではどこか空々しく感じられた。外の戦いの喧騒が近くなっている。報告はないが、おそらくは反乱軍が近づいてきている。


「時間がないな・・・上手くやっているか、ルナティカ」


 ラインは先行させたルナティカの成功を祈っていた。



続く

次回投稿は、5/24(水)8:00です。

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