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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その211~裏切り者と渇く者㊱~

 受けの剣は不利。後の先で迎撃するなら居合しかないが、成功すれば逆に必殺になってしまう。そして慣れない第二王妃の剣でなると精度も確かではない。賭けになるな、とラインが覚悟を決めた瞬間、予想外の剣が2人の間に割って入って、ダミアンの腕を切り裂いた。


「ぐうっ!?」

「ダミアン、そこまでだ」


 剣を振るったのはカウレスだった。落ちていた剣をいつの間に拾ったのか、目にもとまらぬ飛び込みで、ダミアンの利き手の親指を落としたのだ。親指を落とされれば、力のある剣は振るえなくなる。現にダミアンの剣はすっぽ抜けて壁へと投げつけられる形になり、へたり込んでいた女中の傍を通過すると、「ひっ」という短い悲鳴と同時に壁に叩きつけられて地面に転がった。

 だがそれでもダミアンは諦めきれないのか、ダミアンは飛びずさって壁を背にすると、部屋の中にいる自分の敵たちをゆっくりと順番に睨んだ。そのダミアンを逃がさないように、カウレスがゆっくりと扉の方に立ち塞がる。当然、ダミアンが燃えるような眼でカウレスを睨みつけた。


「カウレス、貴様! 俺の邪魔をするのか!」

「いや、するでしょ? それに俺はもともと中立派だし、お前のことは友人だと思っていたけど、危険な思想まで同調したつもりはない。むしろ親指だけで済ませたことは、情けだと思ってくれよ」

「お前――中立派だとは聞いていたが、ここまでの腕前だとは聞いていないぞ!?」

「そりゃそうだ。弱腰当主あと思われているの少数派閥など、お前らは気にしちゃあいないもんな」


 カウレスは自嘲気味に肩を竦めて見せたが、その立ち振る舞い、剣の冴え。ラインが知っているカウレスとは別人だった。ダミアンの隙を突けるほどの腕前、それはほぼ確実にレイドリンドも上の上に入ることを意味する。ラインも今背後から狙われていたら、命はなかったろう。

 ラインは居合の構えのまま、カウレスに質問した。


「お前――そこまで強かったか?」

「すみませんね、隊長。実際訓練では手を抜いていましたけど、当主に鍛えなおしてもらったんですよ。そもそも鍛錬なんざ、ちゃんとやったことがなかったもので。ダミアンの奴がおかしな動きをしているもので、いざって時に力づくで止められるようにこの数年間鍛えていました。お蔭さまで、今じゃ派閥の3番手ですよ」

「派閥の3番手――つまりは、レイドリンド全体の実質5傑に入るってことか」


 イメルが嘆息した。その意味がラインにはわからないので不思議そうな表情となり、察したイメルが説明してやる。


「レイドリンドの派閥はおおまか3つに分けられるが――1つはこいつらのような好戦的な連中が組織する反体制派で、どちらかというとそこまで実力が高い者では構成されない。一番の腕利きはリーダスって奴だが、まぁあたしが何とか勝てるくらいだ。あいつらは王家に対立的な立場を取るが、別に王家転覆を狙っているってわけじゃない。そういう点で、こいつらみたいな過激派とは別さ。で、あたしらは保守派だ。王家の現体制の維持と、血統の保存を優先する派閥。派閥の当主はあたしだ」

「で、中立派ってのはカウレスが属していて、レイドリンド全体の当主がいるってことか」

「ああ、代々その時代の最強が務めることになっている。意見が割れた時に、武力でもって制するためにね。今この時代においてすっかり人数が少なくなって、今じゃ10人もいないんじゃないかってくらいだが、間違いなくレイドリンド最強級の剣士ばかりだ」

「ふん。その最強級の剣士たちとやらも、3番手以下はお前の不肖の兄に返り討ちにされて数を減らしたのだろうが」


 ダミアンが吐き捨てた侮蔑の言葉も、イメルには何ら痛痒を与えないようだ。


「はっ、その通りさ。あのバカ兄貴のおかげで中立派が抑止力を失い、そしてあんたらみたいな愚か者共の台頭を許した。間接的には、ベッツのせいで今のアレクサンドリアの崩壊が加速したようなもんだ」

「あの爺、そこまでの剣士だったのか」


 ラインはいつぞやイェーガーで出会った、ブラックホーク最強の剣士のことを思い浮かべる。アレクサンドリアに連なる剣士だとは聞いていたが、飄々としてつかみどころがないながら、アレクサンドリアのことは頑なに触れようとしなかったので、妙だなとは思っていた。ブラックホークがアレクサンドリアで依頼を受けないと評判なのも、納得だった。

 ラインが得心したところで、カウレスが改めてダミアンに剣を向けた。


「さぁ、大人しく捕まってもらおう。そして過激派を先導した奴の情報を吐いてもらおうか?」

「素直にその取引に応じるとでも?」

「アレクサンドリアは尚武の国だが、法治国家でもある。生まれて間もないお前の娘を、司法取引のダシにされたいのか?」

「――ふん、いいだろう」


 ダミアンがゆっくりと立ち上がると、その口からは血がごぼりとこぼれた。はっとしたカウレスが駆け寄ったが、もう遅かった。


「お前、毒を!」

「死んででも、成し遂げねばならんことがある――すべてはアレクサンドリアのためだ」

「お前、家族はどうでもいいのか!?」

「妻はアレクサンドリア高位貴族の傍系だ。人形が支配する様な現王家の命令に従って、ラインハルト隊長の婚約者の二の舞になれと? 俺はそればかりは御免だ。王家が打倒できなければ、どのみち俺たちに未来は――ない」

「だからといって!」

「すまん――だが、お前のことは本当に友人だと思っていた。その気持ちに嘘はない。ラインハルト隊長も――」


 再び血を吐いたダミアンの視線が泳いだ。もう間もなく死ぬ兆候だ。ラインは剣から手を離すと、ダミアンの前に跪いた。


「――あなたのことを尊敬し、夢を見たのは本当ですとも。あなたが王なら――どれほど剣の捧げ甲斐があると想像したことか」

「・・・お前の本性すら見抜けなかった俺だ。何を期待できるものか」

「だからこそ捧げ甲斐があるのです。我らの当主もそう思っているはず」

「誰だ、当主は?」

「――もう、おわかり、で、しょう。先ほどの、無礼な言葉を――取り消、し、たく」

「わかった。お前は誰より、妻と娘が大事だったんだな?」


 その言葉に我が意を得たりとばかりにダミアンは微笑み、そしてこと切れた。その理由がラインにはわかった。この男は自分とカレスレアル令嬢に起こった出来事を知って、明日は我が身だと思ったのだ。間接的な自分の被害者。王命とあれば、どれほど理不尽な命令でも従わなければならない――それが人外からの命令だとしても。

 その鎖を、断とうとしているのが過激派なのだ。傭兵として自由な空気を吸ってきたラインだからわかる、わかってしまう。血で血を洗い、憎しみを憎しみで断とうとする不毛な連鎖―ーこんなことはもう終わりにすべきだ。ラインは静かに立ち上がった。



続く

次回投稿は、5/22(月)8:00です。

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