開戦、その208~裏切り者と渇く者㉝~
ラインはようやくジネヴラを正面から見ることができた。たしかにかつての思い人に瓜二つではある。だが彼女とは全く違う、迷いない王者の血筋がなせる態度に、ラインの覚悟はようやく決まっていた。彼女にならば、騎士として、そして傭兵として接することができる。それができるのがこの少女の気質のおかげだとはなんとも情けないことだと、小さく自嘲気味に笑った。
そんなラインの表情を見て、第二王妃が何を思ったのか。やや不審げに詰問してきたのだ。
「何を考えている、そなた」
「――いえ、想像以上に話のわかる雇い主だと思いました。貴女がたと交渉するよりは素直にお話しできる」
「はっ、言ってくれるね。じゃああんたは騎士じゃなく、傭兵としてジネヴラ殿下に雇われようってのかい?」
「その方がいいでしょう。貴女がたの狙いはわかっているつもりだ。この混乱に乗じて、王権を奪還する。その座にはこのジネヴラ王女を据える。王権は禅譲が望ましいが、最悪の場合は――それに関わるなら騎士じゃなく、傭兵の方がいい」
「なるほど、思ったよりも目端がきくようだな。だが、既に退位の準備は整っている」
ラインが不穏なことを皆まで言う前に、第二王妃が遮った。腹心ばかりとはいえ、さすがにこの場で口にするのは憚られたのだが。
「王と私の間に子はおらぬが、我々の間には信頼がある。国にとって益とならぬ存在であれば、彼は王であることを望まぬよ。それに、王はもう――」
「毒か。あるいは、もう死んでいるのか?」
「おそらくは死んでいる」
第二王妃の考えはさすがに意外だったのか、その場の者が皆息を飲むのがわかった。イメルだけは、「やはり」と言わんばかりに目を閉じたが。
「やっぱりそうなのか」
「そうとしか考えられませんわ。この半年、王の姿を一度も見ていない。声は聴けたけど、そんなものどうとでもなる。なのに命令は王の名で発せられ、代わりに伝えるのは王妃、それに唯々諾々と従う臣下たち。すべてが茶番だわ。王は平和主義ではあっても、愚物じゃない」
「賛成だね。あれは剣のほうはからきしだったが、王の器としては無難な男だった。だからこそ、レイドリンドもそれなりに従っていたんだ。だがここ最近は明らかにおかしい。レイドリンド自体も意見が割れて、3つの派閥ができる始末だ。これじゃあ――」
「そういやぁ、お前らはどこの派閥だ?」
ラインが立ったまま背後の2人――ダミアンとカウレスに話しかけた。カウレスは急に話を振られて驚いたようだが、ダミアンは平然と切り返した。
「当然、第二王妃とイメル様の――」
「嘘つけ。ならなんでお前、一瞬殺気を出した?」
「殺気ですって? いつ」
「俺の問いかけにジネヴラ姫が答えた時だ。俺が殺気には敏感なことは知っているよな? 特に俺の部下だったお前の殺気を読み違えると思うか? 言え、お前の主は誰だ? それともお前が単独で――あるいは派閥の主そのものか?」
「これは――」
この場で帯剣しているのは、イメルとその護衛、それに第二王妃だけである。ラインとその背後の2人は当然ながら、剣を預けている。
これなら危険はないと普通は思うのだが――ダミアンから殺気が膨れ上がると、護衛の一人がダミアンに向けて剣を投げた。同時に第二王妃が反応して、ラインに自らの剣を投げた。第二王妃が元騎士で、典礼用の帯剣ではないことが幸いした。
ダミアンとラインが打ち合った剣越しに睨み合い、イメルが第二王妃とジネヴラに投げられた短剣を弾き飛ばし、そして護衛たちが同士討ちを始めるのはほぼ同時だった。
ラインが鋭い目でダミアンを問い詰める。
「お前、第二王妃とジネヴラ姫を始末するつもりか?」
「姫、それが姫!? 戯言もいい加減にしていただけませんか、隊長」
ダミアンの口調が聞いたこともないくらいの酷薄な調子を帯びた。ラインはそこで初めて気づいた。いつも冷静だと思っていたダミアンの目が、狂気の色に染まっていることを。
「あのアレクサンドリアにふさわしくなく能無しの王太子が死んでほっとしていたのに、今度はその血筋が生き残っていたですって? 今更邪魔でしかない」
「なら貴様はこの国をどうしようって言うんだ?」
「あなたが王になればいい」
「――は?」
あまりに唐突な申し出に、ラインの剣を握る力が少しだけ緩んだ。その隙にダミアンが距離を取り部屋の扉を叩くと、外からは一斉に兵士が突入してきた。どうやら既に外は抑えられていたらしい。
続く
次回投稿は、5/16(火)8:00予定です。