開戦、その206~裏切り者と渇く者㉛~
「つまりは、三老会が腐っていると?」
「それだけではない。私と第一王妃、王との関係を知っているか?」
「いや」
「我々は士官学校の先輩と後輩だ」
第二王妃曰く。彼女は当初、数多いる王の妃候補として、グローリアではなくアレクサンドリア領内の士官学校に留学させられた。彼女にはそのような意図はなかったが、単純に剣が好きだったので、グローリアよりもその方が合っているかと思い、特に反対もなかった。第二王妃の家も、アレクサンドリアであれば尚武の気質として、典雅な趣味を持つ婦女子ではなく、剣に打ち込む彼女にとっては合っているだろうと考えていた。
だが後の王となる王太子はアレクサンドリアらしからぬ大人しい気質で、剣はさほど得意でもなかった。そして王宮内の権力闘争に、飽き飽きしていた。だからこそ剣に打ち込み、そういった権力争いと無用に見えた第二王妃が剣術指南役として王太子より指名を受けることになり。後に第一王妃となる女性は、後方支援の弓兵としての修練を積んでいたがために王太子と知り合い、初めて王妃に選ばれるわけだが。
ちなみに第一王妃と第二王妃は学生時代から仲が良く、そのあたりのことは紆余曲折経て、収まるべくして収まったと、第二王妃はかいつまんで説明してくれた。
「我々は我々のやり方で、アレクサンドリアを永らく平和に――そう話していたんだがな」
「何かおかしなことがあったと?」
「今から思えば、だが」
士官学校の訓練は過酷なものもある。それは貴族の子女とはいえ容赦はされず、体に生傷の絶えない時期も経験する。そうしてできた傷も、女子であれ名誉と考えるのはアレクサンドリア特有の発想かもしれない。
だがある日、保養所で湯浴みを共にした第一王妃の体には、まったく傷がなかった。手入れの賜物かとも思っていたが、よく考えればそんなわけがない。
「内腿に、わりと大きな傷があってな。湯浴みで化粧をするわけもないし、おかしな話だったのだ」
「――1つ聞いていいか? なんでそんなことを知っているんだ」
「構わんさ。アレはそもそも王と出会う前に、私の女だったからな」
「はぁ? それって――」
「珍しくもないことだ、それくらいで動揺するな。それに、王は全て承知で我々を選ばれた。そこばかりは、私は王を認めている。世間の評価よりも、はるかに度量の広い男だ、彼は。だからこそ、アレクサンドリアは恙なく平和に保たれていた。それだけに――」
王太子のことは残念だった、と彼女は語った。いや、考えてもみれば、早い段階から第一王妃は本物ではなくなっていたのかもしれない。そうであれば、親に見合わぬ王太子の愚物ぶりも納得いくというもの。
第二王妃はそう語り、強い視線でラインを見つめた。本題はここからだろう。
「人間は教育が大切だ。どんな生まれであるかももちろんだが、幼き頃より王になるべしとして育てられれば、それなりの力を発揮することが多いことは歴史が証明している」
「影武者の方が、本物の王の血筋よりも能力を発揮して王となったような逸話もあったな」
「そうだ。だから私はイメルに命じて、あの子を強引にでも引き取った。監視はかねてよりさせてもらっていたが、賢き乳母に育てられ、聡明かつ王者の片鱗を見せつつあるそうだ。だが悲しいかな、後ろ盾にかける。戦乱の世において、それほどの血筋と才能を市政に放置しておくのは、あまりに危険だ」
「そこにあんたらが来た。予想もしない襲撃にこちらも損害を受けたが、あんたの顔を見てぴんと来たね。あんたの為人は知っているが、敵じゃなく、味方にできる連中だってね。傭兵だが、評判も上々だ。こっちの被害は目を瞑ってもいい。我々と手を結ぶ気はないかい? あんたらだって、誰が敵かもわからないよりは、協力者がいた方がよいだろう?」
第二王妃の言葉を引き継ぐように、イメルが語った。筋はいちおう、通っている。健勝で有能な第二王妃には子がおらず、第一王妃はすでに人形へとすり替えられている可能性があり、王は病床に伏している。そして立場が同じくらいの後継者を各派閥が擁立して泥沼の争いになるよりは、正当かつ有能な後継者をしかるべき派閥が擁立した方が混乱は少ない――実際、その通りだとも思う。
だが、いくつかの障害があることも事実だ。
「――聞きたいことと、要求がある」
「当然のことだわ。どうぞ?」
「あんたたちが信頼できるという保証、それはどこにある?」
「危険な綱渡りという点では、私たちはこのような申し出をする理由がない。私には子どもがいないし、身の安全だけを考えるなら、実家に帰って蟄居するのが一番でしょう。でも、この国は誰がなんと言おうと、王と第一王妃と、そして私が良くしていこうと誓った国だわ。そして、それに同意してくれる臣下がいる。彼らを放っておいて逃げ出すのは、騎士の行いと誓いに悖るでしょう」
「レイドリンドがそんな殊勝なタマか?」
ラインがぎろりとイメルを睨む。その威圧をこもった視線を、正面から睨み返すイメル。
「王妃様の前でタマなんて言うもんじゃねぇぜ、小僧。あたしを含めたレイドリンドにクソが多いのは認めるさ。だが、これでも原則はアレクサンドリアのために働く剣士の家系なんだよ。そこは信用してもらうしかないね」
「そのアレクサンドリアのため、ってのに解釈がいろいろあるようだが?」
「こいつは痛い所を突く――だからレイドリンドも互いの主張を出し合って、派閥に分かれたのさ。現王家を擁立する派閥、真っ向から対立する派閥、中立を決め込む派閥。そしてあたしに付き合って、冥府に旅立つのも厭わない連中だ」
「ふん。なら、それほど数は多くなさそうだな?」
イメルはちっ、と舌打ちして答えた。
「この塔にいるのと、偵察に出しているので全部だな。派閥の兵士だけで200名、レイドリンドとなると30人くらいか。少数派で悪かったね」
「敵は何人だ?」
「レイドリンド全体で300人程度だが、中立を宣言したのは半分程度だ。王家に与した連中はハースっていう頭でっかちの現当主の息子を含める30人程度。反対したのは、若造のイェンメル含めた70人程度。あとはよくわからんね」
「こいつらは?」
ラインが隣にいるダミアンとカウレスのことを促すと、イメルは首を振った。
「そいつらのことは知らんね。レイドリンドの中でも末端も末端、中立派だろうがなんだろうが、どうでもいいことさ」
「そうか――いいだろう。話を受けよう。ただし条件がある」
ラインが同意したことに、意外そうにイメルは眉間に皺を寄せ、第二王妃はほっとした表情になった。イェーガーと遭遇したのが意図しないのなら、こちらの戦力を測りかねているのだろう。四面楚歌なのは、彼らも同じ。これで我々が明確に敵になるよりは、なんとしても抱き込みたいところだろう。
ラインにとっては正直どちらでもよかったが、ジネヴラの安全を考えるなら、危険は少ない方が良い。それに今後のことも――ラインは要求を出した。
「ジネヴラに会わせてくれ。巻き込むなら、彼女のことをちゃんと見ておきたい」
「それは構いませんが、今ですか?」
「今だ。それができなきゃあ、この話はなしだ」
「――いいでしょう。ドーナ」
第二王妃がドーナに命じて、左後ろの小部屋に行かせた。ラインは自らの心臓が早鐘を打つのを感じていた。動揺している。その存在を聞いてはいたが、前回は会う暇も、会う覚悟もなかった。むしろ避けていたかった。その存在がどうしてこのタイミングで第二王妃の派閥に回収されたのかは、どうでもよかった。ラインは、動揺と期待で驚くほど自分が隙だらけになるのを感じていた。
続く
次回投稿は、5/12(金)9:00です。