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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その205~裏切り者と渇く者㉚~

「失礼しますよ、と」


 ラインは部屋に入ると、素早く中の様子を確認した。正面には意匠を凝らしてはあるが、華美ではないドレスに身を包んだ貴族らしい女が椅子に腰かけている。その傍には女性の護衛が2人。一人はイメルだったが、もう一人もそれなりの年齢だが、腕が立つのは間違いないだろう。

 部屋の端には女中が数名と、さらには他にも騎士が何名か控えていた。決して広くもなく狭くもなく、普通に暮らす分には不自由はしないだろうが、窓は小さく格子がはめてあるせいか閉塞感がある。何日もここで過ごすとなると、慣れていなかったり訓練されていない人間は息が詰まるだろうことは想像に易い。当然、「まっとうな貴族」なら耐えられないだろう。

部屋の奥、左右にはさらに扉が2つあり、別に部屋があるようだった。そのどちらかにジネヴラがいるのか。現段階ではどちらかと断定することはできなかった。

ラインが素早く部屋の様子を察するうち、ダミアンとカウレスが膝をついて臣下の礼をとっていた。だがラインは敢えてそのまま突っ立っていた。その様子を見て、イメルではない護衛の女騎士が怒りを露わにした。


「貴様、無礼であろう! 第二王妃の御前なるぞ!?」

「さて、俺は傭兵なものでね。第二王妃だろうがなんだろうが、俺の雇い主でもなけりゃ主でもない。それに何のために呼ばれたかもわからない。賓客ならもてなされるべきだろうし、ひったてられたのだとしたら平服すりゃあ隙だらけだ。敵地かもしれない場所で、そんな間抜けな真似はできんね」

「・・・なるほど、よいでしょう。椅子を用意させなさい、イメル」

「はいよ」


 イメルが動こうとして、ラインはその動きを手で制した。


「いや、結構だ。長いするつもりもないからこのまま聞こう。それに、そんな危険な婆さんを近づけるほど俺が間抜けに見えるのか?」

「客を立たせたままというのも――」

「客なら呼びつけ方ってのがあるだろう、貴族ならなおのことな。それともなんだ、あんたは貴族じゃないから、客の呼びつけ方も知らないってのか?」


 ラインの言葉に、場の空気が揺れた。目の前の第二王妃らしき女はじっとラインを見つめていたが、その視線が一瞬だけ揺らいだ。


「察するに、その護衛の方が本当の第二王妃殿下でいいのか?」

「――なぜ、そう思う?」

「第二王妃殿下は元騎士と伺った。貴族生活が長かろうが、剣士の手は見りゃあわかる。それにいかにアレクサンドリアが尚武の気質といえども、第二王妃ともなれば普通は直答する習慣はないし、直答するならそこいらの騎士が取り次ぐだろうよ。それもしないとなれば――まぁ、する必要がない相手ってことだわな。他にもおかしな点を述べようか?」

「いや、これは失礼した。さすがは元師団長候補の騎士、傭兵となっても変わっていないようで何よりだ。非礼を詫びる代わりに、直答含めて楽にしてほしい。このイメルにも手を出させないと約束しよう。どうか座ってくれ」


 ラインの見立てどおり、護衛の風体をした騎士の方が本物の第二王妃殿下だったようだ。周囲もそれを明らかにしたせいか雰囲気が軟化し、イメルは楽しそうに笑っていた。一方でダミアンとカウレスは驚いているところを見ると、近習以外は知らなかったようだ。

 出された椅子に腰かけると、第二王妃のふりをしていた女は給仕の位置に下がった。その女の方を見て、第二王妃は苦笑していた。


「あれも私の影武者をして長いのだがな。初見で見破られたのは久しぶりのことだ」

「そりゃあどうも」

「改めて、アレクサンドリア第二王妃クエステルだ。そなたは――」

天翔傭兵団セレスティアル・イェーガー副団長のラインだ。本名は勘弁してほしい。俺の事情はご存じか?」

「ああ、知っている。何を隠そう、そなたを新設の師団長に推す案に関して、賛同するように王に進言したのは私だ。師団の設立に関して、予算案に関しても私が承認をしている」


 ラインはその事実を知って、素直に驚いた。師団の創設には最終的には王の認可が必要だが、草案段階でも王族の誰かが関わっているはずだとは思っていたが、まさか目の前の人物だったとは。

 ラインは不思議な気分で質問した。


「では、ディオーレ様のことも?」

「当然良く知っている。何より、彼女が中央に戻れば彼女とは茶飲み仲間でもある。そして何より、かつては剣の手ほどきも受けたことがある。こちらの来てからの護衛と剣術師範は、このイメルだがね」

「レイドリンドじゃはみ出し者のあたしだからこそ、ディオーレ様には大事にされていてね。当然辺境にも勤めたことがあるし、ディオーレ様麾下の部隊でも数年働いていた。あの方のことはよく知っているさ」


 イメルの言葉に、ラインはようやく納得した。当然ディオーレにも親しい文官、しかも身分の高い者がいるはずだとは思っていたが、それが第二王妃とその一派だったのだ。だから中央の政治状況にも詳しいし、中央には知られていなかったはずのラインに任官が受理されたのだ。

 だがここまで話して、第二王妃は苦しそうな表情をした。


「まずはそなたに一言、詫びさせてほしい」

「・・・何を?」

「私は良かれと思って、辺境に新設の師団を設立した。士官学校には何人も優秀な学生がいたことを聞いていたし、グローリア上がりではない国内の士官学校から人材が輩出されることで、代替わりが起きると感じていた。若い風があれば、永らく続く辺境の戦いに終止符が打てると考えていたのだ。ディオーレ殿からも辺境の様子を聞くにつけ、私の権勢が弱まらぬうちに趨勢を決定づけるべきだと考えていた。そして逸った結果があれだ。許してほしい」

「・・・師団の設立そのものは円滑に進んでいて、誰もが歓迎していたことだ。結果から遡って非難されるようなことじゃない」

「それでもだ」


 第二王妃は頭を下げた。その様子を見て他の者は狼狽えたが、イメルだけは神妙な表情でその様子を見ていた。イメルが第二王妃の側近ならば、その苦悩も心中も知っているだろう。どうやら第二王妃の苦悩は本物のようだ。

 ラインの警戒心は少しだけ下がっていた。


「・・・ならば、一つ聞きたいのだがよろしいか?」

「無論だ」

「最低一年、辺境専従の任官期限を設けられた。新設の師団ならばありえなくもないことだが、同時に婚約が迫っていることも知っていたはずならば急ぐことでも必須でもなかっただろう。その事実確認もなく、命令書は一方的なものだったし。その許可は誰が?」

「――三老会だ」


 第二王妃は苦々しく答えた。三老会――王太子の教育係である太師たいし、宰相や大臣の教育係である太傅たいふ、国内における政治以外の行事を統括する太保たいほ、その役職3つをまとめた呼び名だ。権力上はどれも最高位に位置するが、要は一線で働く体力がなくなった老齢の官吏のための役職でもある。三老会とは、名誉の役職であると同時に、やや皮肉を込めた呼び名でもあった。

 たしかに三老会が直接的に政治に口を出すことは避けられているが、宰相をはじめとした高位官僚や後宮などが暴走した際には苦言を呈することもある。三老会の意見ともなれば、第二王妃が口を出せないのも納得できる。



続く

次回投稿は、5/10(水)9:00です。

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