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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その204~裏切り者と渇く者㉙~

 その様子を見たダミアンがかぶりを振っていた。


「どうやら彼らは通す気がないようですね」

「ダミアン! こいつはアレクサンドリアの騎士にあるまじき行いをした男だ! アレクサンドリアの騎士の尊厳と誇りを失墜させた男だ! 即刻この場で首を落とすべきだ!」

「そうだ! 串刺しにして、吊るしてもなお飽き足らん!」

「そこをどけ! 俺が成敗してくれる!」


 色めき立つ周囲を見て、ラインは冷ややかに周囲を見渡した。いつでも抜けるようには構えてはいるが、相手の挑発的な殺気に応じるつもりはない。こういった喧嘩は、何度も士官学校から経験してきた。冷静さを欠いた方から負けるし、無用な挑発には応じないのが吉だ。

 カウレスは彼らを止めるわけでもなく見守り、ダミアンは彼らを宥めようとしているが止め切れそうにもない。その様子を見て、ラインがつまらなさそうにため息をついた。


「あー、一ついいか? 俺がやったことに関しちゃあ、今はさておきだ。お前たちがアレクサンドリアの騎士の誇りだなんだと言うのなら、呼ばれた俺を勝手に始末するのはまずかろうよ。それこそ上官の命令は鉄の掟だ。ここで手を上げれば、騎士の信条にもとるだろうよ」

「ここでやっちゃって、来なかった、って言い訳もできますけどね」

「カラス、お前は敵か? なんなんだ、お前は」

「カウレスですってば。俺はそういう手段もあるって言っただけで、卑怯は隊長の専売特許ですもんね」

「ふざけろ」

「いやいや、ふざけてませんって。懐かしい。このやりとり」


 カウレスがからからと笑ったので、一同が毒気を抜かれたようだ。全員が一応武器から手を離すと、道を開けた。それを見て、ラインは油断なくその間を通って入り口の方に向かう。

 その途中、ぼそりと誰かが呟くのが聞こえた。


「親兄弟にも股を開いた売女ばいたは死んで当然だ。王家の高貴な血筋を残すなどと、なんとおこがましい――」


 その言葉にもラインは歩みを止めることなく、進んだ。いや、正確には止まりそうになったのだが、その誰かに向けてカウレスがデコピンを放ったのだ。


「何か言った? 言いたいことがあるなら、正々堂々と言いな。陰口なんざ、性格の悪い女官にも劣るぜ」

「――いえ、何も」

「ならよし」


 ダミアンが先導し、カウレスが後ろからついてくる。この並びを見て、ラインはまずいなと思ったがどうしようもない。

 この2人の腕前なら、開けた場所でも同時に襲われれば互角。閉所なら一気に不利になる。そして西の塔を開けて中に入ると、いきなりそこは階段だった。

 元は牢獄だと聞いたことがあるが、入るのはラインも初めてだ。階段で挟むように腕利きに襲撃されれば、ラインといえど勝つ見込みは下がる。緊張感が一気に増すが、2人はこちらを襲うことなく、静かに案内を続けた。


「――第二王妃は過激な方です」


 先導するダミアンが唐突に発言した。ラインは第二王妃の為人ひととなりは伝聞でしか知らなかったので、頷くより他にない。


「そうなのか?」

「どの程度、第二王妃のことをご存じで?」

「他国から嫁いできた方で、苛烈な性格をしていて王様にも文句が言える。外交が得意。あとは――元騎士だったとかなんとか」

「ええ、おおよそ合っています。外交上の戦略として嫁がれた方のようですが、王は苦手としていたようですね。剛毅な方で、間違っていることはいると、ずけずけ言ってしまう方ですから。腕前も相当なようで、王様とそれなりにやりあえるほどではあったとか」


 ラインはなぜかリサを思い出した。リサのような女が妻だったら、息が詰まるだろうなと思う。そう考えると、ジェイクはよくやっている。今度秘訣でも聞いてみようかと、くだらない事すら考えてしまった。

良い兆候だ、冷静さが戻ってきた。ラインはそう自分の状態を分析する。


「そりゃあ大変だ。だから子がいないのか」

「アレが役立たずで下手糞なんて正面切って言われたら、王様も萎えちゃうよなぁ」

「不敬だぞ、カウレス」

「噂だよ、う、わ、さ」


 カウレスはけらけらと笑っている所をダミアンに咎められたが、途中ある程度開けた場所を何度か通過する時には表情を引き締めて、中の兵士たちに挨拶をしていた。

 階段はらせんを描くように登っていったが、途中無駄に下がったり、あるいは別れたりと、只では登れないような構造になっていた。これでは住む方も大変だろうに、第二王妃は元騎士だけあって、この構造も苦にしないのか。


「(あるいは――端から王周辺の人材を信じていないか。立て籠るつもりだったのかもしれん)」


 開けた場所にいた兵士たちは、それぞれ十名前後。狭い場所で槍を突き出されれば、それだけで不利になる。そして常に2、3名は並みではない腕前の兵士が混じっていた。強引に突破するのはほとんど不可能だろう。これなら千の兵士が押し寄せてきても、ある程度は戦えるはずだ。

 ラインは塔の中に足を踏み入れてからの時間を数えていたが、その数が千を優に超えてから、ようやく開けた扉の前にたどり着いた。とはいえ、ほとんど豪華な造りもなく、扉の前に立つ兵士が先ほどヴェタナの屋敷で見た、コルヴァとか呼ばれていた騎士だったくらいが見るべきところか。


「先ほどはどうも」


 ラインはあえて皮肉を言ったが、相手は顔色一つ変えなかった。レイドリンドの騎士は半分くらいは感情がないのかというくらいには表情を変えないが、これでは人形と見分けがつかないな、とラインは思った。

 コルヴァがココン、コン、コココン、と特徴的なノックをすると、中から張りのある女の声で返事があった。イメルとは違う、相手に圧を与える声。これが第二王妃の声かと、ラインは警戒しながら部屋の中に導かれた。



続く

次回投稿は、5/8(月)9:00です。

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