魔剣士、その7~雨中の戦い~
キィン・・・
雨嵐の中、アルフィリースとロゼッタの剣撃が響く。ロゼッタの斬馬刀のような剣を受けてはアルフィイリースの剣はひとたまりもないため、アルフィリースはロゼッタの剣に対して横から打ちこみ、力を逸らしにいっている。だが言うほど簡単な事ではない。一つタイミングを間違えば頭から真っ二つにされるのだ。アルフィリースがロゼッタを挑発することで剣筋を単調にしていなければ、こうまで上手くはできないだろう。
その緊張感高まる勝負の中でも、アルフィリースは不思議と冷静そのものだった。
「(前髪切っておけばよかったかな~雨だと張り付いて邪魔だわ)」
などと呑気なことすら考える余裕があった。それもこれも、師匠から言われたことをアルフィリースは前日の夜に思いだしていたのだった。
真剣勝負の時の心構え。戦う時には常に冷静でなくてはいけないこと。そして自分の持ちうる全ての能力を戦うことに向けなければいけないこと。例え親の仇と戦う時でも、真剣勝負において余計な感情を持ちこむことは既に負けているに等しいと、アルフィリースはアルドリュースに教えられていた。
アルフィリースにしろ、ロゼッタにはかなり腹を立てていたのである。自分と同じ女性が自分の部下に乱暴されているというのに、放っておくことがアルフィリースにはまず信じられなかった。だがかなりロゼッタが腕に自信があることも明白。だからといって引くこともしたくない。そしてアルフィリースはかなり夜遅くまでロゼッタとの戦う状況を想定し、感情の整理から全てを付けていたのである。つまりは準備万端整えてきており、トカゲとの戦いは準備運動程度にしか考えていなかったのだ。そう考えればトカゲとの戦いが予定通り終わったのは、アルフィリースにとってかなりありがたかった。
そして準備を整えて見れば、昨日はあれほど凄まじく見えたロゼッタの剣技も、かなりの部分が身体機能と力押しに寄っていることがわかる。
「(これなら捌ける。かなり速いけど、それだけ。目も手も付いていける! 今日が雨でよかったわ。それに師匠の変幻自在な戦い方に比べれば、なんてことはないもの)」
これが乾いた地面ならそうはいかなかったかもしれない。だがぬかるんだ地面では、巨体のロゼッタは動きを取られてしまう。しかも今日のロゼッタは戦いを想定したのか、きっちり肩当てや胸当てを付けているのだった。対するアルフィリースは逆に小手のみであり、かなり軽量化していた。ロゼッタの体さばきは制限され、逆にアルフィリースはかなり自由に動き回れる。
そして今日のアルフィリースの身軽さは、ミランダですら見たことが無いほどの俊敏性を誇る。
「ちょっと、何がどうなっているのですか? アルフィリースはこんなに強いのですか、ミランダ?」
「・・・アタシもびっくりしてるんだよ」
「驚いた。アルフィリースは我達と手合わせする時は加減していたのか?」
「それはどうかな」
グウェンドルフが口を出したことに、一同が彼の顔を見る。
「私はアルフィリースがアルドリュースにと武芸の練習をする所を何度も見ているが、その頃からアルフィリースの戦い方は奔放そのものだった。だが型というものが余りに無いため、アルドリュースがしっかりとした騎士剣を教え込んでいたのを覚えているよ。
私もなぜそのような事をするのか聞いたことがあるが、一つにはきっちりした剣の型を教えることで、奇抜な剣技にも対応するようにしたこと。無駄な動きを減らすことで体力の消耗を避けさせるようにした事。戦場では甲冑を身につける事が多いため、そのような時の動きを想定させた事。一番は、将来的にアルフィリースがどこかに仕官した時の事を考えたのだと言っていたよ」
「なるほど、いくら強くても我流では騎士とは認められにくいから」
「そういうことだよ。でも今アルフィリースはそういうものを全部取り払って、自分本来の剣を振っている。しかも剣の基本を押さえたことで、より洗練された剣をね」
グウェンドルフの説明通り、アルフィリースの剣は彼女の魂の在り様を象徴するかのように自由だった。そして、いつの間にか地面に刺した剣を抜いて二刀に切り替えたアルフィリースは、手数でロゼッタを追いこんで行く。
「せりゃああ!」
「ぐくっ」
いつの間にか形勢は逆転していた。アルフィリースがロゼッタを追い詰め始めているのだ。
「強い」
「アルフィってば・・・これじゃうかつにからかえないじゃん」
そんな外野の声も無視するほど、アルフィリースは戦いに没頭していた。そして自然と口の端からこぼれる笑み。これほどアルフィリースが遠慮なく剣を振るえるのは師匠以来だった。その事がアルフィリースには嬉しい。
「(やはりロゼッタは凄い。これほど私に有利な状況を作り出して、この戦いぶり。私は何としても彼女が欲しい!)」
だがアルフィリースが戦いの最中に笑った事は、ロゼッタにとってはさらに馬鹿にされていると映ったのか。顔を怒りでますます真っ赤にするロゼッタ。
「(なぜだ、なぜアタイがこんなに押し込まれている? こんな甘ちゃんに負けるわけにはいかないのに!)」
「くそおおおっ!」
ロゼッタが咆哮と共にアルフィリースの剣を強引に押し返そうとするが、アルフィリースはその力を利用して、逆にロゼッタの背中の上を転げるように飛び越える。
「何!?」
背中を取られたロゼッタが後ろを振り返ると、剣が目の前にあった。反射的にそれを斬り払うと、それはアルフィリースが地面に突き立ててあった剣を蹴飛ばしたものだったのだ。さらに二刀のアルフィリースが迫るが、アルフィリースは一本の剣をロゼッタにさらに投げつけると同時に、またしても地面の泥を蹴りあげる。
「こんなものでっ!」
「あああ!」
ロゼッタも負けじと剣を紙一重でかわし、かすった頭から鮮血が飛ぶ。そして泥も構わず目を見開くと、アルフィリース目がけて剣を振り下ろす。だがアルフィリースは最後の剣まで投げつけ、ロゼッタにそれを打ち払わせると、そのままロゼッタに飛び込むように体当たりしたのだ。
「なあっ!?」
「やああっ!」
そのまま泥まみれになりながら地面に転がる二人。そしてアルフィリースがロゼッタの上に馬乗りになると、ロゼッタはアルフィリースを殴ろうと拳を固めた所で、喉元に冷たい物がひたりと当たるのだった。それはアルフィリースの小手に仕込んだ刃だった。
「私の勝ちよ、ロゼッタ」
「・・・ちきしょうっ!」
仰向けになったロゼッタが悔しそうに固めた拳で地面を叩くと、戦いは終わりを告げた。アルフィリースの勝利である。
そのままの状態で息を整える2人。勝ったはずのアルフィリースが自分以上に息を切らせていることに、ロゼッタは気づく。
「・・・どうしたのさ。とても勝ったように見えないよ?」
「ここまで消耗するとは思ってなかったのよ。ロゼッタほどの剣士を殺さないように屈服させるのに、どれだけ私が神経使ったと思う?」
「ふん、褒め言葉として受け取っておくよ。だけど、アタイを殺さないように戦ってたってのかい?」
「最終的には。でも途中は忘れちゃってた。だって、あまりにも強いから・・・できれば二度とやりたくないわ」
「そうだろうね。それより重いからどいてくんない?」
「ああ、ごめん!」
アルフィリースは慌ててロゼッタの上からどける。すると、ロゼッタはのそりと上半身を起こした。
「確かに10回、いや。100回やっても95回以上はアタイが勝つだろうね」
「ええ、それは否定はしないわ。剣技はともかく、身体能力なんかを考慮すると間違いなくそうよ。今回これだけ有利な条件を整えてもぎりぎりの勝負だもの」
「ならなぜこんな真似をした? アタイみたいな傭兵、そこまでして欲しいかい? 別に今さら文句を言うわけじゃないけどさ、アタイも腕に自身はあるが、他にも腕の立つ奴はいるだろう。Aランクの傭兵なら、アタイも他に何人か知っている。そいつらでも良かったんじゃないか?」
ロゼッタは真剣な目つきでアルフィリースを見つめている。アルフィリース泥まみれになった顔をぽりぽりと掻きながら答えるのだった。
「それが私にもよくわかんない」
「はあ~?」
「気が付いたらそう動いてたって言うか・・・強いて言うなら、ロゼッタは私に足りない物を沢山持ってそうかなぁって」
アルフィリースが苦し紛れに笑うのを見て、ロゼッタは呆れて物が言えなかった。そして泥の中に再びばしゃりと寝転がる。
「あーあ、こんなのに負けるなんてねぇ。アタイもやきが回ったかなぁ?」
「ご、ごめんなさい」
「まったく謝らないでおくれよ。負けたこっちが悲しくなる」
ロゼッタは地面に寝転び空を見上げながら、これも自分の人生かと自嘲していた。だが不思議と悪い気はしない。どうせ人生に目標もないし、この女に付いていくのも一興かとも思う。そう考えると、なぜさっきまで自分が依怙地になっていたのかも馬鹿馬鹿しくなってくる。
「(なんでかな・・・きっとアタイと違って、この子が呆れるくらいまっすぐだからだろうね)」
ふとロゼッタが見れば、傍ではさっきまで命のやりとりをしていた相手を心配そうに見つめる黒髪の女が前にいる。ロゼッタは体を起こすと、雨が上がりかけていることに気がついた。どうやら空の端が明るくなってきているようだ。直に雨も上がるのだろう。自分の心も空が晴れる頃には同じように晴れやかだろうかと、ロゼッタは柄にもないことを詩人のように想像してみるのだった。
続く
次回より新シリーズです。感想・評価など待っています。
次回投稿は7/6(水)21:00です。