開戦、その203~裏切り者と渇く者㉘~
「大勢で行けば刺激する。なに、まだ戦いになると決まったわけじゃない」
「冗談。穏便に済ませられるわけないじゃない」
エルシアが珍しくラインに意見をしたが、ラインにもそれなりの考えがあるようだった。
「そうだな。おそらくは穏便にはいかない」
「だったら!」
「だが、最悪俺一人なら脱出でもなんでもなんとかできるが、他の奴がいたらどうにもならん。俺は一応騎士として、王城にも出仕したことがあるから土地勘もなんとなくあるが、お前たちはアレクサンドリアは初めてで、まして王城勤めなんてしたことがある奴はいないだろ? まして、脱出する時にこの場所がない方が厄介だ。さしもの俺も、王城の警護を単独で突破して脱出するのは不可能だからな。わかったか?」
「――理解はした。理解はしたけど――」
エルシアの言葉はその場の全員の感情を代弁したものだったろう。だが不安そうに顔を見合わせる面子もまた、それ以上の反論をラインに申したてることはできず、肯定せざるをえなかった。時にアルフィリースの思考や作戦よりも正確に物事を見通すラインの意見に反論できるものなど、誰もいはしなかったのだ。
だがラインとて、王城に出仕したのは数える程度。そして何より――
「(第二王妃専用の西の塔ともなると、入ったことなんかないんだけどな。王様でも滅多に入ることはできないんだったか? 治外法権だから、あそこは。第二王妃が白といえば、黒いものでも白となるわけだが。さて、鬼が出るか蛇が出るか。ろくなものはいないだろうよ)」
ラインが知っているのはそのくらいのことでしかなかったのだ。
***
「たのもー」
アルフィリースがハイランダー家を訪れた時と同じように、やや調子はずれの間抜けな声でラインが西の塔を訪れた。
ラインが遠目で確認するだけでも、塔の周辺には10数名の騎士が常時巡回しており、入り口は見る限り一か所。出窓の位置は高く、厳重に格子つき。貴族の住まいというよりは、監獄か要塞ではないかと思えるほどの見た目。
一目見て潜入は無理と判断し、いっそ堂々と正面から突破することにした。最初はラインの堂々とし過ぎた訪問に唖然とした面子も、はっとしたように武器を構えてラインの周囲を取り囲んだ。
「何奴!」
「ここは王族であれ、許可なく立ち入り禁止となっている高貴な方の住まいなるぞ! 立ち去らぬとあれば、すぐにでも――」
「イメルとかいう婆さんに招待されたんだが、取り次いじゃもらえないか?」
イメル、という名前に騎士たちが互いに顔を見合わせた。様子がよくわからず同様する者もいたが、明らかな鋭い気配を崩さない者が3名。
「(できるな――この3人だけで中隊くらいの戦力がありそうだ。レイドリンド家だろうが、それが全部ってわけじゃないのか)」
「なんの騒ぎだ?」
ラインが素早く相手の力量を測っていると、塔の近くに備え付けてある館から、騒ぎをききつけて2人の騎士が出てきた。その2人が纏う空気を見て、ラインは緊張感を上げた。帯剣しても歩き方が変わらないほどに鍛えられ、剣と共に生きていることは一目でわかるほどの腕前でありながら、彼らからは強者特有の気配がしなかった。強い者ほど気配を悟らせないことも上手い。ラインの見立てでは、間違いなく千人長級の相手だった。
「(厄介だな、千人長級がこのくらい気軽に出てくるとなると――中には最低3人以上。非番も合わせりゃ最低10人いるわけか。やっぱり一人で来るんじゃなかったな、と――ん?)」
ラインは向かってきた者に見覚えがある気がして、その顔をまじまじと見た。その視線に気付いたのか、相手もラインの方を見ると、驚いたような表情になった。
「まさか、あなたは――ラインハルト隊長か!?」
「ありゃ、本当だ。あんた、帰ってきてよかったのか?」
「ちっ、マジか」
彼らはかつてのラインの部下だった。辺境で戦った際の、頼れる直属の部下のうちの2人だ。イヴァンザルドが師団長になっているわけだから、現場主義の連中であってもそりゃあ出世はしているかと考えを改める。
名前はたしか――
「ダミアンと、カラスだったな」
「やはり隊長でしたか。お久しぶりです」
「カウレスだっての。だけどその間違い方、本物の隊長みたいだな」
きっちりと整髪をした髪を7分で分けたダミアンが手を差し出したが、ラインはその手を握り返すことはなかった。逆にぼさぼさした頭のカウレスは、その様子を見てへらへらとした態度を崩さない。まったくもって、辺境を去った時のままだ。違うのは、彼らが発する強さだけか。当然、あの頃の強さのままのわけがない。
ダミアンが一括すると、周囲の兵士たちが一斉に警戒を解いた。やはりそれなりに出世しているようだ。ラインは懐かしむこともなく、儀礼的に質問した。
「お前らがここの責任者か?」
「それほど偉くはありませんよ。ここの責任者はイメル殿です」
「お前らがレイドリンド家だとは知らなかったぞ? 経歴書にはそんなことは書いていなかったはずだが?」
ラインの皮肉にも、ダミアンは眉一つ動かすことなく答えた。
「レイドリンド家は、それと身分を明かすことはできません。義理を欠くとは思いますが、家の性質と割り切っていただければ」
「わかってるさ、気付かんこちらも間抜けなんだ。で、中に案内してくれるのか? 招待状は持っていないがね」
「イメル様が中にいると知っているだけで、招待状の代わりにはなりますが――」
ダミアンが周囲に視線をやると、一度は収めた武器をそれぞれが手にかけていた。彼らの何名かは既にラインに斬りかからんばかりに殺気だっている。
続く
次回投稿は、5/7(土)9:00予定です。不足分補います。