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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その202~裏切り者と渇く者㉗~

***


 ラインたちはアレクサンドリアの兵士たちに見咎められることなく、アレクサンドリアの王宮近くまで接近することができた。これもひとえにレヌールが優秀ゆえで、哨戒任務にあたる兵士たちを先手を打って避けるか潰して回ったせいだ。それにしても、市内の警備はざるだと言わざるをえないほど手薄だった。まるで、義務だから、そうするべきだから警備をしている――そうとしか言いようのないほどの手薄さだった。意志ある誰かがやっているわけではない。実際、仕方なく手にかけて相手は全て人形だった。

 レヌールの余りの手際を仲間が褒めそやそうとしたが、当のレヌールはその称賛をあっさりと否定していた。


「これはリサ殿の確信に近い推測ですが――」


 人形はセンサーを使用できない、少なくとも量産型は。リサはそう推測していたようだ。人形はそもそもセンサーが使用できる生命力のようなものを持っていないはずだ。だから軍として動くときに、完全に人間を排除しない、できない。少なくとも、シェーンセレノはそう考えているし、理解もしているとのことだった。人形は兵力としても、完全に人間の代用になりうるものではないと。

 言われてラインは腑に落ちたが、ならば今のアレクサンドリア王宮はどうなのだろうか。シェーンセレノのように、人形の特性を活かした運用ができているとは思えない。イメルのこともあるし、レイドリンド家のことを考えると流石に全員が人形ではないはずだ。ならば軍のどのくらいの割合が人形か、誰を味方にして誰を敵にすべきか――と考えていると、既に正門が目の前に迫っていた。

 戦時中であれ、場内には多数の人間が出入りする。物流を止めるわけにはいかないから商人だって出入りするし、伝令や奉公人だってそうだ。もちろん厳重な審査を受けることになるだろうが、必ず穴はある。

 レヌールが注意深く正門付近を探ると、ふぅとため息をついた。


「駄目です、流石に堅固ですね。センサーでしっかりと防御されていますし、魔術でも結界が敷いてあるようです。内部の様子を迂闊に探ると、ここを探知されてしまいます」

「ふーん・・・なら物は試しだが、正門以外の場所はどうだ? 城門ではなく、城門の下――そこまで結界はあるか?」

「ちょっと待ってくださいね・・・あれ? いや、そんなまさか」


 レヌールが目を白黒させて驚いた。信じられないといった様子に、ラインは呆れたような表情になった。


「何の結界もないんだろ?」

「は、はい。副長のおっしゃるとおりで――こんな、こんな雑な警備態勢がアレクサンドリアの首都? そんな、馬鹿な」

「良くも悪くも、騎士の国なのさ。もう、時代遅れなんだな」


 かつて人間が魔物を相手に戦っていた頃の拠点が、アレクサンドリアという国だ。人を助け、弱気を助け、その代名詞と発展してきた。魔物は強力な魔術を使うが、そのほとんどは直接的で、戦術を駆使する者はほとんどいなかったと聞く。だからこそ、人間の中には直接戦闘は苦手としていても、補助や支援で活躍する者が出現し、その差が最終的な優劣を決めたとも。

 つまり、アレクサンドリアの城は魔獣や魔物を想定して造られたものであって、直接的な攻撃や魔術には強くても、センサー対策などはほとんどされていない。人間の犯行拠点となる都市に攻め込むといった愚かな人間は、当時は誰もいなかったのだ。

 そして古くは数百年前に造られた城壁は、補修と改修を繰り返しながらも、その伝統的な製法をいまだ正確に伝えようとしているのだ。つまり、城壁の目が粗く、その背が低い。

 ラインの指示どおりゆっくりと彼らは城壁の周囲を探り、そして警戒の薄い所を突いた。夜よりも、夕暮れ。交代の時間を突けるだけのその手際の良さが、精鋭の特徴でもある。

 ロゼッタの特殊兵は水を張った堀の上に、樽を連結させた即席の浮橋を並べ、その上に板を敷くと滑るように進んだ。そして素早く城壁にとりつくと、短剣を目の粗い部分に差し込み、その城壁をするすると登攀し始めた。

 今の城壁は返しがあったり、上りにくくするために凹凸をつけないような工夫が凝らされているが、この時代の城壁には弓兵の見張り台などを兼ねた凹凸が多く、角を利用して登攀することが容易だ。現にロゼッタの特殊兵たちは100も数えぬ間に城壁の途中まで登ると、くるりと振り返って城壁にもたれかかり、そこにワヌ=ヨッダの戦士たちが縄を担いで駆け上がっていく。そして最後は組んだ手で飛びあがると、一息に城壁の上に手をかけて登り切ってしまった。

 レヌールが感知する限り、この間合いでは城内の兵士たちは引継ぎをしていて、この場所には500を数える間は来そうにもない。普通は隙にもならない隙だが、広大な王宮の襄平を護衛するには人が足りないこと、練度が低い事、城壁が古いことが全て仇となった。

 交代したした見張りが城壁に戻ってくる頃には、城壁の一画を占拠したイェーガーの戦士たちに待ち伏せされ、その装備一式を奪われる羽目になったのだ。


「よぅし。お前たちはここの確保だ。他の場所と調子を合わせて、ほどよく警備しておけ。篝火は少なめにしろ。気づかれんとも限らんからな。ルナティカ、手筈どおり頼む」

「ん。20人ほど預かる」

「そんな人数でいいのか?」

「必要なら、人質を運ぶだけだから」

「まあいいさ。残りは待機だ。一応、正門を落とせるようにしておけよ」

「副長は?」


 部下の質問に、ラインはふー、と大きく息を吐いて驚きの発言をした。


「俺は一人で西の塔に行く」

「え!? それはいくらなんでも無茶だ!」

「副長、西の塔には少なくとも100人。周辺を合わせれば300人程度の人員が詰めています。それもおそらくは、全て精鋭。とても賛成できません!」


 レヌールも必死の形相で止めた。だがラインの決意は固かった。



続く

次回投稿は、5/4(木)9:00です。

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