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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その201~裏切り者と渇く者㉖~


「ヴェタナ殿、久しぶりだ。俺がわかるか?」

「・・・」


 老女には傷はない様子だったが、憔悴しきっていることは見て明らかだった。ラインは膝をついてその老女の手を取ると、老女が濁った瞳をようやく上げた。その瞳がラインを見ると、少しだけ光が灯る。


「・・・ああ、あなたは。貴方様は!」

「久しぶりだ、貴女がご無事で何よりだ」

「ラインハルト様! ご無事で、そしてご立派になられて・・・ああ! そのお姿をお嬢様がどれほど待ちわびて――」

「その名は捨てた。すまないがヴェタナ殿、昔を懐かしむ時間はなさそうだ。和子わこは無事なのか?」


 ラインの言葉に、ヴェタナは疲れた表情を引き締めて力強く頷いた。


「ええ、そのはずです。奴らがどれほど愚かといえども、高貴な血筋に手をかけるほどアレクサンドリアの騎士が堕落しているとは思えません。それに、あのイメルの一派は王族に忠実な一派です。傷一つつけていないでしょう」

「では彼らは何のためにここに?」

「どうやら他に愚か者の一派がいたようです。和子を別の場所に保護するとして、連れて行きました。残ったイメルは私に万一のことがあってはと、私を守るように命令されていたようです」

「なるほど。和子は?」

「西の塔でしょう。中立の派閥は、そちらにおわす第二王妃様の生活場所が拠点のはずですから」


 ヴェタナは澱みなく胸を張って答えた。ラインはその様子を見て少し悩んだようにして、もう一つ質問をした。


「和子はどんな子に育った?」

「和子――ジネヴラ様は聡明な方でいらっしゃいます。ええ、あの子の世話をお嬢様から託されてから、引退した老骨と言えど全身全霊で育て上げてまいりました。どこに出しても恥ずかしくない淑女に育っていますとも」

「そうか。ヴェタナ殿、よければこの場所を守っていただけるか。外はまだ危険だ。本来なら都市の外にお連れしたいが、今は無理だ。この戦いを収めるまで、ここにいてくれ」

「それはもちろん――ですがラインハルト様。お顔の色が優れぬようです、大丈夫ですか?」


 ヴェタナは清潔なハンカチでラインの額の汗を拭った。その時のラインの表情をルナティカは盗み見ていたが、その表情は見たこともないくらい穏やかで――まるで少年のような顔をしたラインを見て、思わず声を上げそうになっていた。

 だがその表情も一瞬で消えると、ラインは表情を引き締めて立ち上がった。


「ゲイル、2小隊にここを守らせろ。連絡の中継拠点も兼ねる。それなりの奴を残せ」

「はい。それなら俺がここに残ってもいいですか?」

「お前がいなくても、工作兵は使えるか?」

「ダットとニズィがいればなんとでもなるでしょう。それよりここの確保が重要だ。守るべき人もいるようですが、ここも安全じゃない。腕が立つ奴を残して、工作が得意な奴を先行させる方がいい。なら、残るのは俺だ」


 功を焦らず、堅実な選択をしたところにゲイルの成長を感じるライン。エルシアも少々驚いたような表情をしていたが、下にいたイメルの部下と打ち合っても生き延びている所を見ると、どうやら腕前も精神的にも大きく成長しているようだ。

 部下に素早く指示を飛ばすゲイルを見て、ラインはルナティカに顎で付いてくるように促すと、声を潜めて話始めた。


「西の塔は間違いないだろうが、イメルとその連中が味方とは限らん」

「根拠は?」

「中立派が第二王妃の傍仕えをするのは伝統だが、第二王妃は他国から嫁いできた人だ。賢い人との評判だったが、気性は強気で、外の政治に関しては王を先導するくらいの発言力があった。そんな人が、第一王妃の派閥よりも速く、世継ぎとはいえ庶子を――私生児を、自分の護衛となる連中を派遣して保護するとは思えん」

「中立派を擁していても、方向性が違う?」

「その通りだ。だから今まで中立派を使うこともなかったし、中立派も命令に従うことはないはずだ。それが動くとなれば――」

「待って。イメルとかいうのは、本当に中立派? そんな穏健な女には見えなかった。こちらと戦う気が満々」


 考え始めたラインは、ルナティカの指摘にふと我に返る。


「その通りだ。俺もレイドリンドが誰についているかまではわからんが――今のところイメルも西と言っていた。それに、第二王妃には子がいない。一応、辻褄は合う」

「どうする? 人形ではないのなら、戦いが終わるまで預けておく手もある」

「いや、駄目だ。王宮の制圧と、和子――ジネヴラの確保を同時にやる。ルナティカ、玉座の方を任せていいか?」

「私の判断で、やっていい?」


 ルナティカが腰のマチェットに手をかける。その仕草に、ラインは小さく頷いた。


「どうせ跡は残らんだろうが――跡形なく頼む」

「承知」

「エルシアはこちらに連れて行くが、万一苦戦する様ならそちらにも援軍を送っている。連絡は取れないが、うまくやってくれるはずだ」

「? 誰?」

「行けばわかるはずだ。俺にもそれ以上は言えん」


 ラインの不敵とも意味深ともとれる笑みに、ルナティカは首を傾げたまま王宮へと向かっていった。



続く

次回投稿は、5/2(火)9:00です。

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