開戦、その200~裏切り者と渇く者㉕~
「へぇえ~、若いくせにデキるもんだ。うちの若い連中に見習わせたいねぇ」
「そう言うんなら、引退しなよ。オバサン!」
エルシアの挑発を、愛しそうに、そして凶暴な笑みで返すイメル。
「あっはっは! それができるならいいんだけど、生憎と旦那よりも戦場にゾッコンでねぇ。戦場を去るっていうのは、あたしに死ねって言うのと同じさぁ」
「じゃあ死になよ!」
「やってみなぁ!」
イメルが狂気の表情で嗤う。エルシアは踏み込みと同じ速度で下がると、退きながら突きを繰り出した。ただし、退きながらでも腰のひねりを加えることで、速度を全く落とさないで放つ。予想外の攻撃に、イメルの表情が少し驚きに変化した。
エルシアは見た。イメルの剣は片刃に溝がついていて、もう片方も刃があまり研がれていない。つまり、受けのための剣なのだ。マインゴーシュにも似ているが、ギザギザの側で受けられると、こちらの剣が削がれて破壊されかねない厄介な代物だ。刺突剣にとって、天敵にも近い武器。
長期戦は不利と悟ったエルシアは、正眼に構えると長く息を吐いた。放たれる威圧感に、イメルが一度構える。
「(ほほぅ、この年でこれだけの剣圧を備えるか。ますます惜しい逸材だ。余程の才能、そして良き戦いに恵まれているね。下手すりゃあ、喰われるのはこっちの方かい)」
「覚悟!」
エルシアの叫びと共に、連続して刺突が放たれる。右半身で放たれる一撃は、左脚を先に出し、右足の踏み込みを強くすることで、まるでエルシアがそのまま眼前に出現するかのような錯覚を起こさせる。
突き、退き、また突く。たったそれだけながらも、精密機械のように正確な動作から、二度と同じ軌道を描かない突きが目にも止まらない速度で放たれ続ける。イメルはその攻撃を短剣と指の背で捌き続けながら、頬に鋭い痛みを感じて驚いた。
「やるねぇ、このあたしの顔に傷を負わせるかよ」
痛みと共に感じるのは高揚。傷が増えると共に、イメルの瞳孔が小さく、狭く集中力が高まるのがエルシアにはわかった。
「(見られている・・・目がとてもいいんだ。私とどっちが?)」
エルシアも目の良さを褒められるが、既に団内でも見極められることがほとんどなくなった刺突剣の剣先を、このイメルが見定めようとしている。10、20と繰り出し、30を超える頃、エルシアの刺突剣の切っ先が過ぎるのを、イメルが目で追ったことにエルシアが気付いて、総毛立った。
「まずいっ!」
「剣の軌道は自在でも踏み込みが単調だよ、お嬢ちゃん!」
イメルが退きに合わせて踏み込んできた。鋭い踏み込みがエルシアの後退の速度を上回り、先輩たちを一撃で沈めた必殺の拳が迫る。
人の命を終わらせるあの温かい感触、あるいは骨を砕く手ごたえを想像してイメルが歓喜を浮かべたのとは対照的に、エルシアの表情は冷めきっていた。拳を尽き出そうとした瞬間目に入った少女の表情を見て、まるで氷を背中に流し込まれたような感覚を覚え、イメルの興奮が一気に冷めた。
「はっ!?」
イメルが咄嗟に後ろに飛ぶと、エルシアの歩調が一気に転じて攻勢に回った。その踏み込み足の変化から繰り出される本日最速の攻撃に、イメルの外套の留め金が突き破られ、外套が外されて宙に舞った。
イメルも、身をよじって躱すのが精一杯だった。だがエルシアも仕込んでいた攻撃を繰り出したのに、これで仕留められなかったことが悔しいのか舌打ちをしている。
イメルは身震いした。自分の子よりも年若いはずのこの少女のような傭兵が、ここまで意図して戦えることに。初手で前衛の屈強な戦士たちをなぎ倒されながら、全く意気消沈することなく戦えるその胆力に。
気付けば、イメルは高笑いしていた。戦いの最中に笑いが止まらないのは、いつ以来なのか。かつて精霊騎士としてのディオーレに戦いを挑んだ時に、その馬鹿げた強さのあまり笑ってしまった時以来かもしれない。
改めて。イメルが気合を入れ直して対峙すると、まだエルシアは仕掛ける何かを持っている様にも見える。まだ底が見えないのか。イメルが死闘を予感すると同時に、扉を蹴破って出て来た者を確認すると、表情が曇った。
「時間稼ぎお疲れさんだ。こっちの目標は達成した――と言いたいが」
中から出てきたのは、ライン。いつの間に侵入し、どうやって中を制圧したのか。団員たちが呆気に取られていると、ラインはイメルの方を見てつまらなそうに宣言した。
「お前たちも時間稼ぎだったな? 残念ながらこの場は俺たちの勝ちだ。次の場所で用意して待ってな」
「・・・やりにくい相手だね、あんた。さすが元師団長候補ってことか」
「答える義理はねぇな。で、次は西の塔か、東の塔か。どっちに行きゃいいんだ?」
「西だよ。そこにお目当ての人物がいるさ」
「傷一つつけてないだろうな?」
「当然さ。あたしたちにとっても尊い御方だ」
「なるほど、わかった。半刻もかけずにそちらにお邪魔してやるよ。もてなしの準備をしておきな」
「ふん。ドーナ、コルヴァ! 退くよ!」
イメルが叫ぶと、階下と階上でそれぞれまだ戦っていた剣士2人が身を翻して、窓を突き破って外に飛び出した。外でもひと悶着あったようだが、彼ら3人を止めることはできなかったようだ。イメールが残念そうに首を横に振ったのを見届けると、ラインは部屋の中に戻って椅子に腰かけている老女に声をかけた。
続く
次回投稿は、4/30(日)9:00です。元の投稿ペースに戻します。