開戦、その198~裏切り者と渇く者㉓~
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「三か所からの、同時奇襲か。合図はどうやって?」
「レヌールから合図があるそうだ」
「レヌールって・・・ああ、あのセンサーの。センサーの合図は放射線状だろう。相手にも気取られるんじゃないのか」
「それが――彼女も『エリア』を使えるそうだ」
「エリア?」
聞き慣れない言葉に、強襲部隊の一人が首を傾げる。その仲間に、そっと耳打ちする者がいた。
「センサーの奥義だよ。放射状だけじゃないセンサーを飛ばすことができるそうだ」
「そんな便利な能力があるのか。だが、俺らは互いに把握できないんじゃ」
「そこはレヌールを信じるしかないさ」
「虫も殺せないような顔をしているような、幼い少女をか?」
「それ、リサさんの前でも同じことを言ってみろよ。年は同じだぞ」
「う・・・やめとく」
「どっちも俺の娘と同い年だぞ、どうなってんだ」
口々に不満や不安を言いながらも、準備と警戒には余念のない精鋭たち。彼らが緊張すると軽口を叩くのはいつものことだ。
剣帯に手をかけ、音が鳴らないように素早く歩く。先頭の一人が手を挙げると、ぴたりと止まり、手を握ると静かに全員が剣を抜き放つ。殺気と息を潜め、合図を待つ三か所十数人の戦士。
窓の向こう、敵の足音と気配が遠ざかる。
「合図はまだか」
「・・・来た」
足元から這い上がるような、びりびりとし痺れるような感覚が3度。樹枝状に延ばされたレヌールのセンサーから、同時に合図が飛んだ。それがレヌールからの合図だと勘付くと、先頭にいた魔術士が熱を掌に集中させ、静かに窓を割って素早く鍵を開けた。
窓枠を持ち上げ、滑るように屋内に次々と戦士たちが潜入する。その際もレヌールが合図を1度送り、部隊に待てと連絡する。そして2度の合図で進む。簡単な取り決めだが、これだけでレヌールは三か所からの突入部隊を、敵に気付かれることなく時間差なく操っている。
センサーとしては間違いなく最上級。A級上位どころか、下手をすれば10傑にも近づくのではないかとはリサの評価だったが、なるほどとラインは納得する。
「まだ気付かれていないか?」
「はい、まだ」
「万一を考えて、脱出口は塞いでいる。隣の家屋に飛び移れそうな場所も押さえた。あとは屋内を押さえれば問題ないはずだが」
「一部屋だけ、様子がわからない部屋が」
レヌールのセンサーをもってしても、様子のわからない部屋がある。おそらくは、センサーと魔術士の双方が結界を張っている部屋が。人質がいるとしたら、間違いなく、そこだろう。
ラインは腕を組んで黙って考えていた。相手は間違いなくレイドリンド家で構成されたナイツオブナイツ。姿を消す装備を持っている相手に、視覚に頼れば惑わされる。それくらいなら、レヌールのセンサーの方が精度が高い可能性すらあった。
だが、それを差し引いても、相当な手練れ。どれほど不意を突いても、無傷の勝利とはいくまい。必要なのは、覚悟。
気付けば、隣にいるレヌールが不安そうに自分を見ていた。
「隊長、仕掛けますか?」
「・・・ああ、これ以上待っても相手が隙を見せるとは考えにくい。合図を」
「はい」
レヌールの顔は青ざめていた。それはそうだ、危険極まりない合図を自分の判断で行うのだ。リサ曰く、その手の訓練も散々やった結果、もっとも成績がよいのがレヌールとのことだった。だが訓練での成績と、本番での覚悟は違う。
ラインはレヌールの肩に手を置いて、不安を感じさせないように優しくも力強く話しかけた。
「上手くいかなくてもいい、責は俺が負う。やれるだけのことをやってくれ、お前が頼りだ」
「はい、覚悟はとうに決めてきています」
「なら、よし」
レヌールも固い表情のまま頷いたが、ラインの返事を待たずして杖を地面についた。レヌールもリサと同じく杖を使うが、リサに憧れて使うようになったところ、相性が良かったとか。なんにでも、上達のきっかけとなる道具はある。
レヌールの合図と同時に、制圧のために侵入した部隊が仕掛ける。一つはゲイル率いる特殊兵。一つはワヌ=ヨッダの戦士団の部隊。あと一つは、イェーガーの古参と腕自慢を集めた部隊。その中にはエルシアの姿もあった。
続く
次回投稿は、4/27(木)10:00です。