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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その194~裏切り者と渇く者⑲~

***


「副長、この状況でまだ何か狙うべきあてがある?」

「・・・ああ、ある」


 ラインとルナティカは300名ほどの精鋭を引き連れ、本体とは別行動を取った。ラインには全体指揮よりも、少数精鋭でやるべきことがあると考えていたのだ。

 こちらに展開したイェーガーの分隊の目的は、言うまでもなくローマンズランドの侵攻を阻止することが目的。そのためにアルフィリースが提案したことは、アレクサンドリアを味方につけること。もしくは、ディオーレを援助してアレクサンドリアを滅ぼすことだった。

 アルフィリースとの話し合いにおいて、ラインは表情を曇らせることを隠さなかった。いかに今の仲間とはいえ、そして捨てたとはいえ。祖国を滅ぼすことを宣言されて、良い気持ちがするわけがない。

 アルフィリースもラインのその気持ちがわからないわけではない。だがあえて、冷たく言い放った。


「本当に、祖国がまだまともだと信じている?」


 その言葉はラインの心をえぐった。当時、将来を半ば誓い合った恋人が無残な死に方をしたことを、思い悩まない日はなかった。傭兵に身をやつしても、他の女を抱いても、あるいは人助けの真似事をしたところで、その時の忸怩たる思いは決して消えなかった。

 だが、それから十年近くが経った。当時のことを少しだけ冷静に思い返せるだけの時間は経ったのだ。そして今の生活が充実しているからこそ、当時のことを酒に頼らずとも冷静に思い返せる。そうして考えてみれば、やはり祖国は狂っているとしか思えなかった。

 ラインの表情の変化を見ながら、アルフィリースが冷静に言葉を紡いだ。


「あなたのことを信頼しているからこそ、言うわ。あなたのように有能な人材を放逐する理由が、アレクサンドリアにないはず。中央とディオーレが真っ向から対立しているならまだしも、ディオーレは精霊騎士として祖国に忠誠を誓っているのでしょう? 国が亡びるまで、その忠誠は続くはずだわ。その腹心を増やすのなら、むしろ高位貴族をあなたに娶らせることすら考えたっていい。あなたの恋人に手を出して、祖国を放逐する羽目になるなんてまっとうな思考を持つ者がやったとは思えない。政府がいかに腐るにしたって、限度があるわ。あなたは、そのことを本当にわかっている?」


 ああ、本当にその通りだ、とラインは納得した。あのまま彼女と結婚していれば、死ぬまで祖国アレクサンドリアのために戦っただろう。その途中、辺境で死ぬことになったとしても何ら疑いすら抱かず、悔いのない一生だったと思えるほどには騎士に憧れ、ディオーレ様にも祖国にも心酔していたはずだ。それが、なぜこうならなければならなかった。

 アルフィリースは続けた。


「物事には偶然はない、と私は最近感じるようになったわ。見えなくてもそう至るだけの理由と経緯が必ずあり、積み重ねられて事象が発現する。私の運命が、御子に選ばれたことで変わったように。いえ、理解できないことこそを運命と呼ぶだけなのかもしれないわ。なぜ御子に選ばれたかはまだその理由がわからないけど、そうなるだけの理由がきっとあった、あるいはこれからあるはずだわ。あなたはどうかしら?」

「・・・あるんだろうな、多分。いや、なけりゃあおかしいよな」

「今の冷静なあなたなら判断できるはず。何が理由だと思う?」


 ラインの思考は鈍らない。鈍らないからこそ、いまだに祖国アレクサンドリアのことについて思考を巡らせる時、それが上手くいかないことで心にわだかまりがあることに気づく。この判断の鈍さが、致命的にならないようにしなければならないと、覚悟を決める。過去に挑まなければ、と思わせるだけの理由がこの傭兵団とこの女にはあると確信できるようになった。


「一つには、アルフィリースの言う通りアレクサンドリアそのものがおかしい。考えられるのは、サイレンスだろうな」

「カラミティやヒドゥンではなく?」

「アレクサンドリアの歴史は古い。一人や二人を操ったところで、大勢は変わらん。多くの人間を、そして狙った相手になりすますならサイレンスじゃないのか?」

「そうね・・・もう少しオルロワージュと親しくなってみないとわからないけど、彼女はアレクサンドリアには全く執着していなようだった。おそらく彼女はローマンズランドで手一杯のはず。アレクサンドリアがサイレンスの担当だとすると、ひょっとしたら――」


 アルフィリースはそこで、サイレンスの本体を追い詰める作戦をブラックホークが主導していることを告げた。それが誰かも、おおよその見当がついていることも。

 そのうえで、アルフィリースは自らの懸念をラインに語った。仮にサイレンスに本体などいなかった場合。あるいは、本体が死んでも稼働する様な何かがあった場合のことをラインに伝えたのだ。


「アレクサンドリアは騎士の国。だけど、その成立は人類の歴史そのものに近く、はかりごとにも魔術にも詳しく、対策が万全になされてきた。余程のことがない限り隙を見せないとは思うけど、私の考えが正しければアレクサンドリアこそサイレンスに陥れられやすい」

「堅固な要塞みたいなものか。隙無く埋めるほどに、思いもよらない手段で落とされる」

「それだけじゃないわ。サイレンスは誰よりも人間を憎み、ゆえに人間に詳しいの。人間の心理を、ドゥームと同じかそれ以上に理解している可能性があるわ。気をつけて」

「わかっているさ。奴に後れを取らないように細心の注意を払う」

「サイレンスもそうだけど、別の可能性も懸念しているわ」

「? 別だと?」

「ええ。敵が一人とは限らないということよ――」



続く

次回投稿は、4/20(木)10:00です。

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