魔剣士、その6~連携~
そして巻き起こる阿鼻叫喚の渦。10体程度の数でも、準備をした村でさえ苦戦するのである。目の前には数百からのトカゲの群れ。戦力差は明白だったが、アルフィリース元より全てを相手にするつもりはない。狙うはボスのみ。
「リサっ!」
「わかってます。ボスはこの指先、100m程に!」
「了解! 皆、エメラルドが来るまで粘ってね!」
「わかってる!」
実際に数百のトカゲが襲いかかってくるといっても、同時に相手をするわけではない。それに巨体が災いしてか、トカゲは自分達同士が邪魔で喧嘩になっており、思ったようにアルフィリース達に飛びかかれないのだ。
「(やっぱり、そんなものよね)」
エアリアルから巨大な生物はおうおうにしてそのような事を起こしうると聞いていたアルフィリースは、わざと混戦に持ちこんだのだ。傭兵達もすぐにその事を悟ったのか、思ったよりははるかに戦える状況に自分達が驚いていたようだ。
「あるふぃ」
「来たわね、エメラルド」
村人が全員森の中に退避したのを確認したエメラルドが、アルフィリースの元に飛んで来たのだ。
「エメラルド、あの方向にインパルスを全力で振って!」
「ヤー!」
アルフィリースとの打ち合わせ通り、エメラルドは躊躇うことなくインパルスを振りかざした。そして轟く雷鳴がトカゲの群れを切り裂いていく。
「さすがインパルス。凄いわね」
「すごい?」
「そうよエメラルド。さて、後はダロンと楓と私の出番ね!」
アルフィリースの元にダロンが大きな杭を抱えてやってくる。巨人のダロンに見合う武器は中々無いため、壊れた家の木材を拝借して昨日のうちに何本か削っておいたのだった。そしてまた楓もアルフィリースの後ろに控えている。
「アルフィリース、俺が先行するぞ」
「ええ、お願いするわ」
「よし」
ダロンはそのまま走り出し、トカゲのボスの所に向かう。さすがにボスは体力も高いのか、インパルスの一撃でも倒れておらず、少しその身を焦がした程度である。だがダメージは十分にあるのか、動きがかなり鈍くなっていた。
「ぬおおおお!」
のろのろと動くボスに向かって、気合一閃ダロンが大跳躍をする。そのまま杭でトカゲの体を地面に縫い付け、トカゲが悲痛な叫び声を上げる。
「ギュルルル!」
「いまだ!」
「よしきた。楓、やるわよ!」
「承知!」
楓が魔眼の準備を。アルフィリースは火系の魔術を詠唱する。
【火の精霊サラマンデルよ。我が腕の内、集いて集いて塊となせ。塊となりて球となれ】
アルフィリースが炎の精霊を腕の中に抱えるように集めて行く。雨の中では炎の精霊は相性がかなり悪いのだが、一度集めてしまえば楓の魔眼が発動する。
楓の魔眼は自然発火ではない。楓の魔眼の能力は、「視野に収まる炎を自由に操る」ことである。つまり、炎が無い限りは何の効力もない魔眼なのだ。それに視界に収まらない炎を扱うことはできない。その代わり視野に収まりさえすれば、どんな炎でも自由自在である。たとえば炎で鎖などを構成する事も出来るし、氷や水の魔術をぶつけても、楓がその認識した炎の形を見失わない限り炎が消える事はない。楓はこの魔眼を操炎眼と名付けた。
そしてアルフィリースが詠唱を終えないまま、その火球を維持する。そうすることで炎の精霊を集め続けることができるのだ。その炎を使って、楓が炎の矢をいくつも作り出す。
「喰らえ!」
楓が放つ何本もの炎の矢。それはトカゲに刺さると、今度は蛇のように姿を変え、トカゲの体内に潜り込む。
「ギュルルルルル!」
トカゲが苦しさの余り絶叫するが、楓は容赦しない。万一トカゲが魔王以上の耐久力を備えていた場合を考え、全員で考えた作戦である。呪印を使えば跡形もなく粉微塵にできようが、それではアルフィリースに負担がかかりすぎる。アルフィリースの呪印を使わずに、どのように巨大な生物を倒すか。それがここ最近の彼女達の話し合いの内容だった。
そして話し合いの甲斐あってか、トカゲのボスは断末魔の悲鳴と共に動かなくなった。
「クオオオオオ!」
「やったか?」
「トカゲが撤退します」
リサの言う通り、ボスをやられたトカゲ達が算を乱して逃げ出した。アルフィリースの目論見は見事当たっていたのである。
「ふうううう」
「助かったようだな。一か八かではあったが」
ダロンが冷静に状況を分析する。
「これで逆にトカゲが向かって来るようなことがあったら、かなり危なかったわね」
「だがそれでも作戦はあったのだろう?」
「もちろんよ。最悪、私が大暴れする準備はあったわ」
「怖い女だ」
ダロンは無表情のまま言い放つ。そんな彼にアルフィリースは笑顔で返すのだった。そこにミランダが走って来る。
「それにしてもアルフィ、普段から使える魔術の威力が上がってないかい?」
「やっぱりそう思う? 昨日大地の魔術を使った時もそうだったんだけど、どうやらそうなのよね。ただ何発も使えないとは思うけど。呪印を沢山使ったせいかなぁ?」
「呪印が馴染んでいるのかもしれませんね」
ラーナがアルフィリースの疑問に答える。
「馴染む?」
「ええ。押さえつけると反発するなら、体が呪印に適応して取り込もうとしているのかもしれません。推測ですが」
「ふぅん。まあ副作用が少なくなるなら言うことなしよ」
アルフィリースはお気楽に笑ったが、言うほど簡単な事ではないだろう。アルフィリース達が一息ついて談笑する場面に、明らかに不機嫌そうなロゼッタが歩いてくる。
「・・・」
「あらロゼッタ。そっちの被害は?」
「・・・20人程度がやられただけだ。あの戦力差を考えれば奇跡だな」
「やっぱり腕ききだわあなた達。そのくらいで済むのなら」
アルフィリースが事もなげに言ったので、ロゼッタはアルフィリースの胸倉をつかみ上げる。
「ふざけるな! こんなことに巻き込みやがって!」
「あら、あなたは『村人の命なんか知るか』って答えたのよ? 人の命を大切に出来ない人間は、自分の命も大切にされない。長らく生きていて、そんな基本的な事も知らないの?」
「知ったような口を!」
「聞くわよ。だって私はこの考えで生きているのだから。ロゼッタ、あなたとは相入れないかもしれないけどね」
その言葉で睨み合う二人は、ロゼッタがやがてアルフィリースを掴む手を離したことで治まった。
「胸糞悪い女だよ、お前。聖人君子ぶりながら他人を平気で利用する。ただの悪党よりも、何倍も性質が悪い。二度と顔も見たくないね!」
「そう? 残念ながらずっと見ることになるかも」
「どう言うことだ?」
ロゼッタが苛立ちも露わにアルフィリースを睨みつける。
「ロゼッタ、あなた私の仲間になりなさい」
「はあ!?」
ロゼッタだけでなく、ミランダや他の仲間までが驚きの声を上げる。
「どういうことだ?」
「私はこれから自分の傭兵団を作るのだけど、貴女の力と経験が欲しいの。こんな戦場で放っておくには、あなたの力は惜しいわ」
「ふざけるな! さっきの話を聞いてなかったのか?
「聞いてたわよ。でも関係ないわ。私は貴女が欲しいの」
「勝手に言ってろ! アタイは誰にも従わない。アタイは一人でやってきたんだ。今までも、これからも!」
ロゼッタが激昂するのを、アルフィリースが悲しい顔で見つめていた。
「・・・そうして、いつか一人で名も無い戦場で野垂れ死にするのに?」
「そうだ! 傭兵はそんなものだろう?」
「私は違うと思う」
アルフィリースは首を横に振る。
「私達は傭兵で、剣を取って戦うことを選んだし、あるいは選ばざるを得なかったけど・・・それとこれと一人でいるかどうかは全く別の問題だよ?」
「・・・やはりお前とはそりが合わないね。考え方が甘すぎる」
「それでも。私は自分の信念を曲げない。そんな生半可な覚悟では剣を握ってはいない」
「そこまで言うならアタイを力づくで従わせてみるんだね」
ロゼッタが剣をアルフィリースに向ける。
「所詮アタイ達は傭兵。言葉よりも、剣で語るのが似合ってる」
「やっぱりこうなるのね」
「そうさ。アタイはいつもこうしてきた。そうやってここまで生きてきたんだ。アタイに剣で勝ったら何でも言うこと聞いてやるよ。仲間にするもよし、煮るなり焼くなり好きにしな」
「わかったわ。勝ったらいいのね?」
だが、逆にアルフィリースは剣を収めてすたすたと歩き始める。その動作に呆気にとられる一同。
「何をしてる!?」
「え? 戦う準備だけど?」
アルフィリースはその辺に落ちた剣をロゼッタの周辺に無造作に刺し、何かをやっている。その様子を訝しんだロゼッタは思わずアルフィリースに問いかけてしまう。もちろん挑発も兼ねてのことだ。
「お得意の魔法は使わないのかい? 剣じゃアタイに勝てないだろう?」
ニヤつくロゼッタに、アルフィリースは地面に剣を刺しながらふっ、と軽く笑う。
「使おうかと思ってたけど、やめたわ」
「?」
「弱い者いじめは嫌いだから、ハンデに魔術は封印してあげる」
その言葉に、ぶち、と何かが切れるような音を一同は聞いた気がした。ロゼッタの表情を見れば、眉がひくひくと動き、怒りが頂点に達しているのがよくわかる。
「こ、このやろおおおお!」
「野郎じゃないわよ。言葉は正しく使いなさい、お里が知れるわよ?」
対するアルフィリースは冷静そのものだったが、完全に切れたロゼッタは悪鬼のごとき表情と勢いでアルフィリースに跳びかかって行くのだった。
続く
次回投稿は7/4(月)19:00です。