開戦、その192~裏切り者と渇く者⑰~
「なっ・・・なんで、こんなことが」
「さしもの副長も、ここまで予想していたわけではなさそうですね~?」
「当然だ、俺は万能じゃない。ないが・・・お前も同じようだな?」
「そりゃあそうですよ~」
さしものラインとコーウェンも、驚きを隠せない。だが戦というものは、常に予想外のことが起こるもの。
コーウェンとラインの頭脳は目まぐるしく回転し、今何が起こっているのか。そして即座にやるべきことを導き出した。
「この火の手の上がり方は・・・陽動だな」
「つまり、少人数でこの混乱を演出していると~?」
「理由はわからんが、首都は相当手薄になっている。これなら100人もいれば、陽動をかけて城に潜入することが可能だ。コーウェン、オルルゥを呼べ。俺らの共通語がある程度理解できて、腕が立つやつを300人ほど召集してそいつらに火の元に向かわせろ」
「承知しましたが~、副長はどうなさるおつもりで~?」
「ルナティカ、オルルゥ、ゲイルを呼べ。お前はエアリアル、エルシアそのほかの主要な面子と共に、西側を警戒してくれ。バーゼルの奴が来るはずだ、いや――」
ラインは指示を出しかけて、少し悩んだ。この動きの速さと手際の良さ。ひょっとすると――それは考えたくない可能性の一つだ。
だがアルフィリースはいつも言う。最悪の、もう一つ悪い事態を想定しろと。それと向き合うには精神的な強さが必要だが、かつての自分はそれができていなかったから、心が折れた。導師アースガルとの試練で思い知ったのは、魔術と向き合う者たちの、なんと強い精神力。
目立ちこそしないが、特にアルフィリースとラーナの2人。常に闇を覗き込みながら、それに呑まれないだけのしなやかさの強さを彼女たちが持つことを、羨ましいとさえ思う。
「――とにかく、俺はやるべきことがある。それには少々強引な手段を取る必要があるんだ。そのための人員を借りるぞ」
「それが何かは、教えてもらえないので~?」
「ああ、無理だ」
「それほど我々は信用がありませんか~?」
コーウェンの疑問はもっともだった。ラインは返答に窮したが、ため息を一つついてから返答する。
「正直に言うと、お前を完全に信頼することは無理だ。お前はお前で俺にもアルフィリースにも隠していることがあるよな?」
「・・・まぁ、それはたしかに~」
「だがそれでもお前が俺たちのことを、いや、アルフィリースのことを考えて行動してくれているとは信じている。俺のこともそれでは駄目か? 失敗すれば俺が責任を被る。そして成功すれば、改めて相談したい。俺自身もまだ確証がないことなんだ。頼む」
ラインが頭を下げた。騎士が視線を外して相手に頭を下げるのは、首を差し出すに等しい。ラインが自分にそれをするということは、何としても譲らないという覚悟だとコーウェンも悟った。
コーウェンはなんとなく、こうなるだろうなとは思っていた。そしてそれは、アルフィリースも同様だということも。
「・・・わかりました~。ですが副長は一つ忘れています~」
「?」
「あなたはもうこの傭兵団にとって欠かせない存在です~。死なれては困りますし~、簡単に死なせはしません~。そのためにも、ルナティカを同行することを要求します~。それにも同意できないなら~、諦めていただくしか~」
「――わかった。だが、ルナティカにも背負わせたくはないんだがな」
「ルナティカも覚悟はできていますよ~。彼女はこの団が抱える闇を、全て請け負ってもらいますから~。彼女こそが我が団の見届け人になるでしょう~」
「それはルナティカ本人の意志か、それともアルフィリースか。お前の意志だけなら、認めないぞ?」
「3人で一致したのですよ~。女の結束はわりと固いのです~」
「抜かせ」
ラインの笑った表情がどこか申し訳なさそうに見えたのは、気のせいではあるまい。
ルナティカとオルルゥが間もなくやってくると、ラインは2人と精鋭を伴って姿を突撃する部隊の中に隠した。コーウェンは大きく息を吐くと、自分が改めて総指揮官として軍を動かす重圧を感じていた。
「(今までは何のかのとアルフィリースや副長がいましたが~、いざ自分で大きな軍を動かすのは初めてですねぇ~。この重圧は心地良くもあり~、胃がせり上がるような痛みも受けますね~。おっと~、武者震い武者震い~)」
コーウェンは震える膝を掴むと、誰にも見られないように足を叩いた。アルフィリースが感情を殺して指揮をしている中、自分がこれではいけないとコーウェンは自らを戒める。アルフィリースを悪者にしないためにも、自分は冷酷な軍師でいなければならないのだ。
コーウェンは腹を括ると皆の前に戻り、首都に向けて全体進軍の命令を下した。
続く
次回投稿は、4/14(金)11:00です。元の投稿ペースに戻します。