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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2516/2685

開戦、その190~裏切り者と渇く者⑮~

***


「――よう、ラインハルト」


 呼ばれてほしくない名前で、ラインは我に返った。その名前で呼ぶのは旧友だけだ。眼前の見知った平野を、砦から見下ろすラインの傍に、バーゼルが立っていた。

 

「その名前で呼ぶなと言ったはずだぞ。俺はこの国じゃ大罪人だ」

「王太子殺しのラインハルト、あるいは悲劇のラインハルト、か。今じゃ子どもでも知っている逸話になったな」

「よせ、テメェじゃなきゃあ殴り飛ばしているぞ」

「わかってて言ってるさ。だが一つ言っておきたくてな」

「何をだ」


 バーゼルは「本当はわかっているんだろ?」とでも言いたげに、寂しそうな笑みと共に首を少しだけ傾げていた。


「お前のことを英雄視する声は未だ根強い。王太子には表立って悪い噂はなかったが、貴族の一部や俺たちより少し上の世代の士官学校の連中は皆知っているさ。王太子が騎士の国の王にしては、凡庸に過ぎたってな。いや、凡庸ですらない。ほとんど愚物だった、アレは」

「お前が常々、辺境で文句を言っていたあれか」

「ああ、俺の兄貴はあの王太子のせいで、出世の道を永遠に閉ざされたからな」


 バーゼルの兄は、王太子が士官学校の演習で死傷者を多数出した時、その責任をなすりつけられたと聞いた。死傷者には、侯爵家に連なる者がいた。バーゼルの家の階級は子爵。普通なら処刑となってもおかしくない。それがひなびた地方の閑職へと追いやられるだけで済んだのは、事情を知る者の反発を過剰に買わないためだったのだろうか。


「俺の兄貴は優秀だった。順調なら、辺境でも中央でもどちらでも出世していたはずだ。それが身分を剥奪されて地方に追いやられ、縁故のない土地で援軍を要請しても誰も応じず、失意の中で下らん魔物の手にかかって死んだ。名誉も何もなく、ただ死んだ。許されるものか」

「・・・俺がいなくなってからのことか」

「そうだ」


 バーゼルが珍しく憤慨していた。兄がいかなことになろうと、不満こそ言えど兄なら何か逆転の一手を打つと信じていた。あるいは自分が出世することで、兄を助けられると努力していた。それらは全て水泡に帰した。ラインは知らなかったことだ。


「お前は復讐をしたいのか、バーゼル。アレクサンドリアの騎士たるお前が、アレクサンドリアの王家に」

「それは違うよ、ライン。復讐何てどうでもいい。ただ、アレクサンドリアは騎士の国にふさわしい形となってほしいと思う。この世には、人の意志を捻じ曲げるような魔術や、あるいは人間になり替わる人形がいるんだって?」

「・・・そこまで知っているのか」

「ふん、情報取集は俺の仕事で得意技だ。むしろ、どうして俺が知らないと思った?」


 バーゼルが得意気に反り返る。その時に、腹が突き出たもので、ラインはふっと笑ってしまった。


「それで何の用だ、バーゼル。突き出た腹を見せに来たわけじゃあるまい」

「何の用だとはご挨拶だ。これから首都アレクサンドリアに突撃しようってのに、指揮官どうしの打ち合わせくらい必要だろ?」


 彼らは今、首都アレクサンドリアから北に馬で10日程の地点にいる。ディオーレの軍団は敵と交戦しながら一見敗北をしているように見せかけて撤退し、現在14度の敗戦をしていると報告があった。ラインの記憶が正しければ、かつて15度の敗戦で敵を誘導したことがあるディオーレだ。ならば、15度目の敗戦に見せかけた撤退の後、おそらくは反転する。ここからは時間との勝負になる。


「俺は北から、お前は西から。そしてディオーレ様が戻ってくる前に、それぞれ中心となる2つの主要な砦を落とし、首都に迫る。細かいことは言いっこなし。俺たちなら、阿吽の呼吸で合わせられる。だろ?」

「大雑把な奴め。それだけの機転に合わせられる奴ばかりじゃないんだよ」

「お前はその数少ない一人だろうが」

「兵士の質がある。それなりに優秀な奴を集めることができたが、当時の辺境軍には及びもしない。兵役から遠ざかっていた奴も多いからな。だからこそ虚を突けているが、さすがにここからの砦は頑強だ。これまでのようにはいかんさ」

「14日だ」


 ラインが宣言した。その言葉の意味も、バーゼルはわかっている。


「14日で首都までたどり着けってのか」

「それができなきゃあ、俺たちはさておき、お前達は反逆者として一族郎党処刑される。アレクサンドリアの本体や援軍が3万でも引き返してみろ。あっという間に首都周辺の砦は難攻不落になるぞ」

「わかっているから打ち合わせにきた。西側はともかく、首都の北側は要塞が2つある。抜けるのか?」

「俺にとっちゃ、かつての遊び場だ。勝手知ったるなんとやら、さ」


 ラインは愛嬌を混ぜて片目を閉じて見せたが、バーゼルはそれを胡散臭そうに眺めていた。


「・・・まぁ、お前が率いる部隊だからただ者じゃない連中ばかりなんだろうさ。楽しみにさせてもらうぜ」

「ああ、この作戦は速度が命だ。互いに全力で敵を叩き潰すことだけ考えてりゃいい」

「なら、そうさせてもらう。だがいいんだな? お前たちが囮で、俺たちが本命として進軍する形で」


 それはラインが言ったことだ。イェーガーが先に首都に近づき、首都からの援軍を引き付ける。そして、バーゼルが手薄になった西側から首都を陥落させる。バーゼルの方には少なくない貴族の子弟が参加している。その方が安全で勝手もわかるだろうとの、ラインの提案だった。



続く

次回投稿は、4/11(火)11:00です。不足分連日投稿します。

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