魔剣士、その5~脅迫~
「音を立てるな」
「剣も抜くなよ。雷鳴に反射する」
アルフィリース達と、傭兵達、それに村人達は叩きつけるような嵐の中を脱出していた。いずれトカゲ達の警戒網に引っ掛かるのは明白だが、少しでもその時間を遅らせるため嵐にもかからわずそろそろと進む一行。
その中で。
「リサ、体調は」
「完調、とはいきませんが。かなり元に戻りました。もう大丈夫でしょう」
「ならいいけど。決して無理はしないでね」
「今回の事はリサの責任です。本当に申し訳ない・・・」
リサがしょんぼりとしたので、アルフィリースは肘で小突いて彼女を励ます。
「気にすること無いわよ、リサ。それに上手くやれば、予想以上の収穫があるかも」
「? どういうことです?」
「まあ見てて。それよりもセンサーの調子はどう?」
「ええ、そちらの方はバッチリ大丈夫です」
「ならセンサーにトカゲが引っ掛かり次第、私に報告して」
「了解です」
リサが頷き、アルフィリースは列の前に戻ろうとする。その途中、無駄に緊張している楓を見つける。
「楓」
「わひゃあ!」
アルフィリースが声をかけると、楓は頓狂な声を上げたのだった。
「何よ、変な声出して」
「アルフィリース殿、脅かさないでください!」
「いや、脅かしてないし」
アルフィリースはしばらくジト目で楓を見ていたが、おもむろに、
「楓、貴女まさか・・・雷が怖いの?」
「・・・ま、まさか。そんなわけがないでしょう?」
そういう楓の挙動は誰が見ても不審だった。アルフィリースはそんな彼女を可愛らしいと思うと、雷が鳴るまでしばらく待ってみる。ほどなくして雷が鳴ると・・・
「ひえええええ!」
と怯える楓が期待通り見れたのだった。想像通りの光景に満足したアルフィリースは自分の場所に戻って行く。
「それでインパルスを見る楓が、どことなく落ち着かないのね。納得」
などと呟きながら。
そうして一行はそのまましばらく進んでいた。まだ暖かい時期とはいえ、秋が来る兆候でもあるのか冷たい雨が一行を打つ。幼い子供などは体力を奪われていくが、それでも泣き叫ぶことがどういう結末を招くのか察しているのか、不満一つ漏らさない。
その中で寒さに耐えかねたのか、ついに赤子が声を上げて泣き始める。その声に傭兵が怒鳴る
「その子どもを黙らせろ!」
「ちょっと、怒鳴らないでよ!」
「なんだと、この女!」
「黙りな、グスタフ。お前の声の方がデカイ」
「くっ」
ロゼッタに制されて傭兵が黙る。そしてその時、リサがアルフィリースの背中をつつく。
「アルフィ、来ました」
「どっちから?」
「全方位です。どうやらトカゲは囲みを作っていたようですね。まだ速度はそれほどでもありませんが、距離が詰まれば一気にくるかと思います」
「ちょうど前方が丘で視界がきかないものね。あの丘の向こうくらいかしら?」
その言葉にリサが頷く。
「その通りです。にしてもいいのですか、傭兵達に知らせなくて」
「いいのよ。知らせようがどうしようが、どちらにしても彼らの行動は同じだわ」
「アルフィの計略が上手くはまると良いのですがね」
「今の所どんぴしゃりかな。彼らが陽動を仕掛けないのもそうだし、馬も彼らは持ってるくせに使ってないでしょう?」
「・・・なるほど」
アルフィリースの言う通り、傭兵達はまるで馬を使っていない。リサが朝起きた時に傭兵達の馬らしきものは感知済みだったので、これは妙な話だった。そして傭兵達は事もあろうに馬を村人に譲ったのだ。
「どうして彼らは馬を使わないのでしょうか」
「一つの理由は説明したわよね? もう一つは馬って非常に臆病な生き物だから、周囲から一斉に襲われたら恐慌状態になって手綱なんか取れないわよ。よほど鍛えた使い手か、あるいは訓練された馬じゃないとね。逆に混乱した馬は危険だし足手まといだわ」
「なるほど。ではエメラルドは」
「既に先行させてるわ」
アルフィリースが笑ったので、リサも複雑な心境だった。かなり博打に近い作戦だが、時間も準備もできない中では上々かもしれない。
「(まあ最悪、私達だけでも逃げるとしましょう)」
リサがそのような事を考える一方で、トカゲ達の包囲網は順当に狭まってきていた。そしてついに村人の一人が、視界にトカゲを取らえる。
「トカゲだー!」
「来たか」
ロゼッタが反応する。
「よし、お前ら予定通りだ! 森まで走れ!」
ロゼッタの号令一科、傭兵達は一目散に森に向かって走り始めた。当然村人のことなど置いてきぼりである。最初からロゼッタ達は村人を囮にして、自分達は森に逃げ込むつもりだった。眼前に見える森は木が密生しており、トカゲ達は入ってこれないと踏んだのだ。そのために傭兵達は馬も連れていない。森にかけ込むためには邪魔だし、アルフィリースの予測通り、馬がトカゲに非常に怯える事を彼らは知っている。案の上、トカゲの上げる奇声に馬達は怯えて制御を失い、村人達は混乱状態となっていた。
もちろん傭兵達の何人かもその影響は受けるわけだが、それでも彼らは一目散に逃げていた。元々はこの依頼のために集められた人間達である。それをロゼッタが鍛えて統率がとれるようにしたわけだが、依頼を終えた今、彼らに連帯感などありはしない。傭兵にとって自分達の命異常に大切な者などありはしない。そして襲われる村人たちを尻目に、傭兵達の先頭が森に届こうかというその時である。
「よし、ロゼッタのアネゴの言う通りだ。逃げ切ったぜ!」
「少し村人には悪い気もするがな」
「知るかよ、運が無いのさ」
「まあそうだな・・・何っ!?」
傭兵の一人が叫ぶ。目の前に突然轟音と雷鳴が出現したのだ。先頭の人間達は吹き飛ばされ、痺れ、難を逃れた連中も頭を抱えてうずくまる者がほとんどだった。ロゼッタと後何人かのつわものは、身をかがめただけで何とかやり過ごすことができたが、それにしても何の前触れもなく目の前に雷鳴が出現したのだ。ロゼッタですら驚いている。
「なんだ? 何が起こった!?」
「精霊剣の力よ」
ロゼッタがはっと身を起こすと、後ろにはいつの間にかアルフィリースが立っていた。
「ねぇ、あなた達。村人を散々食い物にしておいて、あげくに囮にして逃走するだなんてそれは畜生にも劣る行為だと思わない?」
「知るかっ! 自分の命あってのものだねだろうが? 弱い奴はこのガーシュロンでは死ぬしかないんだよっ!」
「確かにそうね。でも、それならあなた達も死んでみる?」
アルフィリースの声が凄みを帯びる。その口調に、思わずロゼッタも青ざめた。
「あの精霊剣を持った女の子ね、私の言うことならなんでも聞くの。だからトカゲごとあなた達をケシズミにしなさいって言ったら、ためらいなくやると思うわ。ああ、試してみろなんて言わないでね? 試したら本当に炭になるから」
「ち、それで? アタイ達にどうさせたい?」
「話が早くて助かるわ、ロゼッタ」
アルフィリースがニコリとする。そのくったくのない笑顔が、周囲の傭兵達にはなおのこと怖かった。ロゼッタもまた目の前のアルフィリースを侮っていたことを悔やむ。自分が想像する以上の修羅場をアルフィリースが経験している事に、今気がついたのだ。
「(こんな場面でこんな笑い方する奴見たことないよ。完全にどこか一本、頭の線がブチ切れてやがる)」
ロゼッタの後悔も、もはや先に立ちはしない。こうなってはアルフィリースの提案を聞くのがもっとも早いのだ。そのくらいの計算はロゼッタにもできる。
「トカゲを追い払う」
「どうやって?」
「さっき私達のセンサーがボスらしきトカゲを感知したわ。それを倒せば撤退するはず。命令系統が存在するような集団ならね」
「それでも撤退しなかったら?」
ロゼッタがアルフィリースを睨む。
「消耗戦になるでしょうね。トカゲが私達を諦めるまで戦うわ」
「はっ、話になりやしない! なんて穴っぽこだらけの作戦だい?」
「あら、ロゼッタの作戦はもっとひどいのよ?」
アルフィリースが楽しそうに笑う。ロゼッタは意外な言葉に目を丸くした。
「なんだって?」
「あの森を構成する木が何か知っている?」
「知るか!」
「威張ることでもないでしょうに。あの森を構成する木はだいたいがコルトっていう木なの。私の仲間が確認したから間違いないわ。コルトは根をあまり張らないから、人間でも大人を10人ほど集めて引っ張れば、抜ける事も多いわ。あのトカゲなら苦もなく押し倒すかもね」
「・・・」
「それにトカゲは元々森の生き物よ。狭いところも平気だし、森の中でも平然と追いかけてくるかも。そうなったら、飛んで火にいる夏の虫なわけよ。あなた達は」
「・・・チクショウ」
アルフィリースの言葉にロゼッタは悪態をつくのみだった。長帯陣でロゼッタもまた判断力が低下していたことも否めないが、戦って勝つだけの算段がつかなかったのも確か。ロゼッタは元々逃走を嫌うタイプの戦士なのだ。昔から逃げ出してロクな事がない。生きる事は戦って敵を倒すことだと思っている。だからこそ今回の逃走も苦渋の選択だったのだが、やはりロクな事にならなかった。
ロゼッタはアルフィリースの目を見る。背にトカゲの大軍が迫る状況で、まるで揺るがない目。ロゼッタは昨日までとは別人のようなアルフィリースをそこに見た。
「やるしかないのか」
「その通りよ。それよりも傭兵なら、さんざん良い思いをした分、村人に恩返しをするつもりで働くといいわ」
「柄じゃないんだよ! てめぇは聖人君子みたいな言葉ばかり吐きやがって、何様だい!?」
「あら、そんな良い者じゃないわ私は。だって、あなた達がトカゲに蹂躙される程度の実力しか無かったら、囮にして逃げるつもりだもの。だから見捨てられたくなかったら、一生懸命戦ってね?」
笑顔で語るアルフィリースに傭兵達が戦慄を覚える。とんだ人間と関わったことを、傭兵達は後悔し始めていた。
「なんて事を言う女だい!?」
「今さらでしょうよ。だいたい貴方達が村人にしたことじゃないの? 村人達の気持が少しはわかったかしら?」
「・・・」
「それにあなた達がもう少しまともな人間なら、私だって相応の態度もするわ。でも、ケダモノ相手に容赦するほど私は甘くないの。自分達を人間扱いしてほしかったら、それなりの証拠を見せてほしいわね」
アルフィリースが剣を抜き、構えるのを見て全員が後ろを振り返れば、既に後ろにはトカゲ達の群れが迫っていた。ダロンやミランダ、エアリアルが奮闘していたが、多少時間を稼ぐのが精一杯だったらしい。その代わり、予め村長と打ち合わせをしていたアルフィリースは、村人たちを最小限の被害で森に向けて逃がすことに成功していた。
「さて、気合を入れてかかりましょうか。正念場よ」
「くそっ! 後で覚えてろよ!?」
「互いに生きてたらね。行くわよ!」
アルフィリースとロゼッタは傭兵達を引き連れ、村人たちと入れ替わるようにしてトカゲ達に突貫していくのだった。
続く
次回投稿は7/3(日)19:00です。