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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2509/2685

開戦、その183~裏切り者と渇く者⑧~

***


「起きろ、バーゼル」

「う~ん、もう少し寝かせろよぉ~」

「どうせ真夜中だ。あとで死ぬほど寝るか、今すぐ死ぬか選べ!」


 ラインがバーゼルにかけてあったシーツをひっぺがすと、バーゼルはそのままベッドから転げ落ちた。

 そのやや肥満体となった体型が落ちると、それなりの衝撃が部屋に響く。そしてのろのろと起き上がったバーゼルは、眠そうな目をこすりながらようやく起き上がった。


「なんだ、不審者がいるぞ。衛兵、衛兵―!」

「騒ぐな、阿呆か」


 ぽかり、とラインがバーゼルの頭を小突く。バーゼルは殴られた頭をさすりながら、大欠伸をしてみせた。どこまでが本気なのか、ラインの隣にいたルナティカも判断しかねる態度だった。武器を持った侵入者が、真夜中に2人いてもその対応に余裕を感じたからだ。

 そのうちバーゼルは背伸びをしながら、首をほぐしてラインに向き直った。


「で、どっちの名前で呼んだらいい? 偽名か、本名か」

「偽名で頼む」

「ではライン。ここに来たってことは、俺の首でも獲りに来たのか?」

「お前の首なんぞいらん。俺の用件くらい、察しがついているんだろ?」

「・・・いくつか考えていることはあるがな」


 バーゼルが頭をぽりぽりとかきながら答えた。


「お前がイェーガーの副団長で、合ってるな?」

「しらじらしいな、どうせ知っているんだろ」

「こう見えてそれなりに忙しいんだ。いつもお前のことを気にしている余裕があると思うか? 恋人じゃないんだ」

「そういやお前、奥方は?」

「実家に帰ったよ。デブじゃない、微妙な肥満体型の貴方に用はないってさ。もう少し太ってから出直して来いとよ」

「ご愁傷さま、流石の奥方だ」


 それはどんな奥方なのか、と思わずルナティカでさえ口を出したくなるのを、彼女はぐっとこらえていた。

 そのバーゼルは、微妙な肥満体型をゆすって椅子に腰かけると、はぁとため息をついた。


「俺は怠惰に過ごしていたいんだよ、わかるか?」

「昔からぐうたらじゃねぇか」

「否定はしないが。お前はいつも厄介な案件しか持ってこないからな」

「それも否定はしない」

「で、俺に何をさせたい?」

「首都に攻め込んでくれないか」


 その提案に、思わずルナティカですらぎょっとした。だがバーゼルの方は、その提案を聞いても平然としていた。

 ただ、その視線だけが鋭くなった。ルナティカですら威圧感を覚えるその視線は、たしかにこのバーゼルがただ者ではないと思わせるだけの迫力を備えていた。


「いくつか質問がある」

「当然だ」

「なぜ俺に頼む?」

「言わせたいか? 中立派の貴族の中でお前が一番影響力があり、ディオーレ様のことも適度には尊敬しつつ決して信奉はせず、今の中央が腐っていることを良く知っているからだ」

「俺に利は?」

「あるだろ。腐った政権を打倒し、あるべき地位と権利、それに財産をあるべき場所へ。お前の理想だったはずだ。それとも辺境で聞いたお前の理想は、嘘か? 少なくとも、人形なんかに祖国を土足で踏みにじられることに関して、いかに穏健派の中立派といえど、我慢ができるとは思えんな」

「そんなことを語ったこともあったな。勝算は?」

「なければここまで来ると思うか?」


 ラインの即答に、バーゼルが腕組みをして少しだけ目を瞑った。風がゆっくりと流れ、木々を揺らす音だけが部屋に入って来る。そうしてしばらくして、バーゼルはゆっくりと目を開けた。


「・・・7日くれ、5000人集められる。30日もあれば15000人はあつまるだろうが、それでは遅いだろう」

「じゃあディオーレ様の軍は」

「当然ながら、戦況は優勢のようだ。軍事同盟があるとはいえ、合従軍への派兵や、一斉に頻発し始めた魔物や魔王の出現で、どの国も援軍が滞っている。本来なら20、30万程度集まるはずの援軍は、10万少ししかいないそうだ。5倍程度の戦力なら、ディオーレ様率いる精鋭は苦にもすまい」

「首都は、30日ももたないか」

「もちはするが、援軍が押し込まれて首都の周りをぐるりと包囲するように布陣すると、近寄るには一苦労だろう。電撃作戦で陥落させるには、そのくらいの日数が勝負ということだ」

「わかった。5000人でいい、集めてくれ」

「では7日後の夜に、よく馬鹿をやった南の平原で」

「ああ、頼んだ」


 ラインはルナティカを引き連れて、その場をあとにした。暗闇に残るバーゼルの気配は微動だにしなかったが、ルナティカは不思議なことをいくつも感じたので、バーゼルの屋敷を去ってからラインに問いかけていた。


「あの人、信頼していいの?」

「信頼はできる。俺が国外に脱出する時に、逃走経路と路銀を用意してくれたのは奴だ。それも、今までの貸しありきだからな。義理堅いことは間違いない」

「その義理は、まだ生きているの?」

「あれの奥さんと引き合わせて、仲を取り持ったのは俺だ。いずれこの恩は返すと言ったのも、奴だ。その恩はまだ返してもらっていない」

「なるほど。それで、頼りになる?」

「それだけは、確実になる。ああ見えて、俺と騎士時代の戦績はほぼ互角。騎士の国において、二つ名に剣と盾を冠する連中の実力は伊達じゃない。本来なら、名乗ることすら許されないからな。俺の方が早く出世したのは、単に騎士団の人材の問題だ。防御優先の奴は、ディオーレさま直下の騎士たちを戦術が被っただけ。つまり、人材かぶりってやつだ。俺は指揮官としての模擬戦では、奴に勝ったことはほとんどない」

「そんなに優秀? なら、どうしてこんなところに――」


 ルナティカのごく当然な質問に、ラインは少し口ごもった。


「やる気を失ったからだ。なんとかこの国を良くしようと中央に献策を続けていた奴の真面目な兄が、ある日行方不明になったからな。今考えれば、サイレンスに消されたんだろう。おそらくは、剣の風に」

「なるほど――それでよく国を恨まないでいられる」

「奴は芯から騎士で、貴族だからな。俺と違って、国を捨てることは許されないのさ。だから憐れでもあり、だからこそ頼りになる。これでコーウェンの策も成るだろう。あとは時間との勝負だ」


 ラインの表情が引き締まるのを感じると、こちらも大詰めだなとルナティカは悟った。まだ、風は冷たく、春の予兆は感じられなかった。



続く

次の更新は、3/27(月)12:00です。

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