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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
2507/2685

開戦、その181~裏切り者と渇く者⑥~

***


「おい、今日も暇だな。本当に戦争をしているのか?」

「東と南は大変らしいですが、北と西には関係ないのかもしれませんね」


 アレクサンドリアの北部、首都アレクサンドリアから北へ馬で7日程度の距離にある中堅都市バレクタ。人口10万人以上の都市は長らく平和で、反乱や魔物の襲撃などもほとんどなく、穏やかな数十年を過ごしていた。大戦期以前、北部の魔物を殲滅する際に拠点となり、その時には堅牢な城塞を築きこそしたが、現在はその名残をとどめるのみで、実際に使用された記憶を持つ兵士はいない。

 首都から近いせいもあって、文化的にも物流的にも安定しており、治安が良いせいで、城壁を警備する兵士は少なく練度も低い。そして国母たる精霊騎士ディオーレが反乱を起こしたという報告を聞いて、領主と騎士団の守備隊長は半信半疑のまま、警備兵の半数にあたる1500人を援軍として出撃させていた。

 そのため、城壁の警備につく人間は本来の半数。まして領主の館ともなれば、その警備は優先的に減らされていた。今日の夜警は4人。せいぜい酔っぱらった浮浪者の悪戯目的の侵入を防ぐ程度である。

 そのうちの2人が、こうして夜の寒空の下、焚火の前で暖を取りながら気怠そうに夜警をしているのだ。


「うー、寒いな。交代はまだか」

「さっき交代したばかりじゃないですか、先輩」

「どうせ誰も来ねぇよ。俺らも詰め所に引っ込もうぜ」

「いちおう戦時中ですよ。何か緊急の連絡があるかもしれないでしょ?」

「さっき関係ないって言ったの、お前だろ?」

「関係なくても、俺らだってアレクサンドリア騎士団の一員ですよ。俸禄をもらっている身分だったら、それなりの責務を果たさなければ」


 叙勲したてに見える若い騎士が真面目に答えるのを聞いて、中年から壮年にさしかかろうとしている先輩騎士は顔をしかめた。


「まだ戦争も体験したことのないひよっこに諭されるとはなぁ。未来は明るいのか、現実を知らないのか」

「先輩って、戦争を体験したことがあるんですか?」

「若い頃には辺境配備だったよ、3年くらいか。ディオーレ様麾下の部隊にゃ入らなかったが、最前線は三か月くらい経験した。二度と御免だがね」


 先輩騎士は、動きの鈍くなった左腕をぱんぱんと叩いて、若い騎士に示した。たしか左腕は若い頃の負傷で、物を支える程度が限界の力しか残っていないと説明されたことがある。飯時に、左手を使わないのは作法がなっていないからではなく、ただ動かないだけなのだ。だからいつも、左手は丸盾を装備し、受け流しにしか使わない。その先輩騎士に、若い騎士は訓練ではほとんど勝てないわけだが。

 先輩騎士はふと昔を思い出したのか、珍しく真面目な口調で話し始めた。


「辺境は本当の修羅場の連続でなぁ。前線の警備をしていて、後ろを歩いている奴が茂みに引きずり込まれて死ぬことなんて珍しくもなくて、交代を告げられて背伸びをした瞬間に首がなくなったり、寝ていたら魔獣が仮眠所に突っ込んできたり、息の休まる暇がなかった。同期配属の3分の1は死んだか」

「そんなに」

「それも、選抜試験を突破した優秀な連中だぞ。あそこで戦い続けている奴は、正真正銘の化け物さ。そんなのが万単位で首都に押し寄せているんだぞ? アレクサンドリア全軍をひっかき集めても、まぁ勝てんよ。あー、こっちに残れてよかった」


 先輩騎士が心底ほっとしたように声を出したので、若い騎士は思わず笑みをこぼした。なるほど、自分の経験では及ぶべくもないと考えたのだ。


「でも、同盟を組んでいる諸国が集まっているのでしょう? その総勢は、国王軍と合わせて40万近くにもなるとか」

「それでも互角だと思うがねぇ。それによ――」

「それに?」

「ディオーレ様を本気で怒らせたら、軍単位で戦っている限り誰も勝てんよ。そういう風にあの人はできてる」

「どういうことです?」

「それはな――」


 先輩騎士が説明しようとして、突然顔を上げて暗闇を凝視した。そしてすぐに下を向いたのだ。


「おい、後輩。お前、剣はちゃんと研いでるか?」

「は――ええ、それなりには」

「見せろ」

「え、いや。しかし」


 なぜ今、この暗闇で――若い騎士がそう言おうとした瞬間、暗闇から何かが突然飛んできて、若い騎士の手足に絡みついたのだ。剣を抜く手が差し止められ、若い騎士は絡みついてきたものに引っ張られるように引き倒された。



続く

次回投稿は、3/24(金)12:00です。不足分投稿します。

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