開戦、その178~裏切り者と渇く者③~
ドニフェストは決断した。
「策士クラウゼルに聞きたい。そなたの契約は、王と直接交わされたものか?」
「正確に申し上げますと、黒の魔術士を介して、雇用主はオーランゼブルということになっていますね。仲介をしたのはヒドゥンとかいう別人で、私はオーランゼブルには会っておりませんが。正式な契約書を交わしたのは、間違いなくスウェンドル王ですとも」
「その内容を、私が聞くことはできるか?」
「黒の魔術士の目的が達成されるまで、大陸に戦火を巻き起こし続けること。最終的には、アルネリアを巻き込んだ大陸全土の大戦が望ましい、と承っております」
「では、今の行動はオーランゼブルとやらの依頼にはそぐわないのではないか?」
「おっしゃる通り、今回の行動はスウェンドル王個人のご命令、そして私の願いが顕現した形ですね。最終的には、ローマンズランドのためにもなると思いますが」
いけしゃあしゃあと、そして微塵も悪びれることなく、自らの願いと言い切った。だがいっそその態度は、ドニフェストにとっては清々しくさえあった。宮廷の権力闘争に疲れているドニフェストにとって、このクラウゼルの方が万倍も信じられそうだとその目に映ったのだ。
「戦火に乗じて大陸を掠め取ることが、ローマンズランドのためになるのか」
「少なくとも、スウェンドル王はそうお考えでしょうね。私も同調しますが」
「ならば、その新しき国の王は、『誰でも』よいのだな?」
ドニフェストの言葉に、ぎらりとクラウゼルの瞳が鋭く光る。
「王弟殿下、ここには我々だけしかいません。防音の魔術も敷いてある。はっきり申してもかまいませんよ」
「ならば言おう。私も兄王より、アウグスト皇太子がその器でないと判断した時は、我慢せずともよいと言われている。自分がやってきたことを傍で見続け、やり方は知っているな――と」
「ほう、アウグスト皇子では力不足だと」
「皇子は平和な時代ならば、良きローマンズ国王となるだろう。だが、皇子の御心はローマンズランドに惹かれ過ぎている。ローマンズランドがなくなるというのなら、皇子は新天地の王としては不適格と言わざるを得ない。それでは、これからの荒れる時代を乗り切ることは不可能だ。少なくとも、大陸平和会議でスウェンドル王と対等に渡り合ったと言われる、レイファン小王女や、ミューゼ王女とは、アウグスト皇子では比べるべくもないだろうな」
「ふむ・・・」
躊躇なくまくしたてたドニフェストの意見を、あえてクラウゼルは考えるふりをして間を置いた。結論は既に出ている。だが、ここで即答するのもまだ早いと思われた。
「おおよそ、私も同じ意見です。ですがあなたが最高指揮官であるはずの軍部ですら、アウグスト皇子の人気はとても高い。あなたがアウグスト皇子を押しのけて新しい国土の王となるのは、些か無理があるのでは?」
「殿下が存命ならば、そうだな。だが今は遠征中だ。実戦経験の乏しい皇太子殿下に、何か不測の事態が起こらんとも限るまい」
これも堂々と言い切ったドニフェストに、クラウゼルはいっそ好感を覚えた。こういう策謀は好きだ。そして、ドニフェストは慎重な性格だ。何かしらの確証があるから、こういう話をするのだろう。
「何か、お考えがおありで?」
「無論だ。というか、そなたが起こした行動の結果によるだろうな」
「はて、私の行動とは?」
「抜かせ。この紛争地帯の露払いをするために、何をしていたか。私が知らないとでも思っているのか」
ドニフェストの言葉に、クラウゼルは素直に頷いた。さすがにローマンズランドの軍部最高司令官ともなると、鈍くはないようだ。
クラウゼルは企み深く笑うと、一歩下がってドニフェストに礼をした。
「なるほど、おおよそ王弟殿下のお考えは理解しました。引き続き情報収集をしながら、その時を待つとしましょう」
「ちなみに、『その時』はいつだと思う?」
「アレクサンドリアも、今はこちらに構う余裕すらない模様。こちらに戦力が向かうとしたら、アレクサンドリアとディオーレ率いる反乱軍が衝突するその時でしょうな」
「大混乱だな」
「おっしゃる通り。その時であれば、何が起きてもおかしくはありますまい」
クラウゼルが平然と言い放ったので、ドニフェストは慎重にその表情を観察していた。だがドニフェストも、それ以上何も言いはしなかった。
「・・・下がってよい、またその時になれば相談いたす」
「はい、その時は是非ともお声がけを」
クラウゼルが下がってからも、ドニフェストは静かに天幕の椅子に腰かけて、何事かを考えているようだったが、誰も彼の天幕には入っていかなかった。
その様子をクラウゼルはしばし天幕の外から眺めながら、やがて自分に与えられた天幕に戻ろうとする。その途中、暗がりから突然声がかかった。
「クラウゼル」
「ゼムスですか。用事があるなら天幕に来ればいいでしょうに」
声の主はゼムスだった。暗がりでその表情もよく見えはしないが、その独特な気配をクラウゼルが間違えようはずもない。クラウゼルも内心ではどきりとしながら、なんとなく彼が声をかけてくることは予想していたので、瞬時に防音の結界を張って足を止めた。
続く
次回投稿は、3/17(金)12:00です。