開戦、その174~真冬の戦場㊻~
「リゲラ・・・あなた、全て嘘だったって言うの? それは嘘だわ。それならお嬢様の近習の食べ物の好みを覚えていたり、体調によって召し物の色を変えたりすることなんて不要だもの! そこまで気が利く女中は誰もいないって、皆が褒めていた。下働きの人たちだって、リゲラがいるからこのお屋敷に来るのは気が軽いって。復讐が目的なら、そこまでする必要はなかったはずよ、ねぇ!?」
「・・・」
当然、リゲラは答えない。だがぴくりと反応した隙を、レクサスは逃さない。斜め後ろからのレクサスの斬り込みに、リゲラはその巨体からは想像もできないほど速い反応を見せた。ぐるりと90度その場で回転すると、盾でレクサスの剣を受ける。
その間を見逃さず、カナートとアリストが攻めたてるも、三方からの同時攻撃を、残された脚と腕で受け、長槍で打ち払うかのように薙いだ。その際、アリストが打ち込んだ腕だけに、血が流れる。
アリストの剣は魔晶石製。流す魔力に応じて、切れ味が変わる。リゲラはアリストを手強しと見て、アリストに正対するように構えを変えた。その間合いにも、ダリアの声が飛んだ。
「あなた、本当は復讐なんてしたくないんじゃないの? いつかあなたと話した時、このローマンズランドの静かな冬が好きだって言ってたわ。この白い光景が、全てを忘れさせてくれるようで、心が安らぐって。あなたは平穏を求めていたんじゃ――」
「うるさいっ!」
リゲラの叫びと同時に、アリストが斬り込んだ。苛立ち紛れに振り上げかけた槍の懐に飛び込み、小さく大胆に立ち回る。その動きに、巨体となったリゲラが戸惑う。
「くっ」
「反応は凄まじい・・・が」
アリストの連続攻撃を、リゲラは盾で防ぐだけで精一杯だった。突撃槍へと変形した腕は、この接近戦では役に立たない。懐に飛び込んだアリストの動きに対応すべく、余った腕2本が斧と鎌に変化する。
「図に乗るなよぉ! 人間じゃあ、我々に適うわけがないんだぁ!」
振り下ろされる鎌と斧を、カナートが同時に受け流した。全く手ごたえなく受け流された攻撃に、リゲラの目が驚きに見開かれる。
目の前には、冷めた表情のカナート。
「が、技術がない。悲しいかな、所詮は女中」
「うああっ!」
目の前の人間を振り払おうとして、リゲラは体勢を崩したことに気付いた。脚が2本、突然斬り落とされたことに、今気付いたのだ。
やったのは、もちろん背後にいるはずのレクサス。だが、リゲラには斬られた感覚もなければ、レクサスの気配も感じられない。背中の体毛は、わずかな空気の流れを感知してまるで目のように周囲の気配を教えてくれる。特に脚を斬り落とすほどの斬撃ともなれば、確実に反応できるはずだ。それすらも感じさせない、まるで幽鬼の如き動きと斬撃。
そもそも、どうやってこの外殻を切り捨てたのか。そういえば、先ほど全身鎧の虫をに打ち込まれたはずなのに、どうやって無事で出てきて、あの虫を倒したのか。リゲラには理解できないことばかりだった。
「おまえっ、どうやっ」
「ふぅ~」
リゲラの言葉を待たず息を小さく長く吐くレクサスの剣が、ひたりと腕に当たっていた。そして剣が揺れたかと思うと、突撃槍の腕が斬られて落ちた。その時初めてわかる落とされた脚の痛みと、忘れたように噴き出す脚からの体液。
その時リゲラは初めて理解した。本当に危険な敵は、館の中の虫を一掃して出てきたアリストではなく、この気配を自在に消しながら、自分の体をこともなく落とすことができるレクサスの方だと。
リゲラは盾をレクサスの方に向けた。
「く、来るなっ!」
「できねぇ相談っすね」
盾を向けても、おかまいなしとばかりにレクサスがぐいと迫る。そう、そのくらいはするだろうとリゲラもわかっていた。だから盾の裏でほくそ笑んでいた。
「馬鹿めっ」
突如として、盾に口が三つ浮かぶ。嘲笑うかのようなその口から、甲虫がレクサスめがけて弾けるように発射される。至近距離からの不意打ち。せめてレクサスくらいは道ずれにせんとする、リゲラの意地。だがそれも、レクサスには意味がなかった。
「あんた、本当にただの女中なんっすね。戦いは、向いてねぇっす」
至近距離からの飛び道具すら縫うように躱し、レクサスの剣が盾を斬り裂く。レクサスに振り下ろすべき腕は既にアリストに斬り落とされてもうなく、レクサスの剣がリゲラの首を刎ねた。
その瞬間、カナートが叫ぶ。
「まだだ! 頭、右胸、それに――」
「左膝」
「と、左脇」
カナートが複数ある急所の位置を叫ぶ前に、アリストとレクサスがリゲラの急所を斬り裂いた。
カナートが呆気にとられていると、ダリアが落とされたリゲラの頭に歩み寄った。
続く
次回投稿は、3/9(木)12:00です。