新たな仲間、その1~帰路~
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「えー・・・と。なにしてたんだっけ?」
アルフィリースが目を覚ますと、既に朝だった。日は既にある程度高い。昨日アノルンの告白を聞いた後、しこたま2人はふざけ合い、笑い疲れてそのまま寝たのだった。どうやら色んな事を話したことで、アノルンは随分気が楽になったらしく、やりたい放題に近いくらいアルフィリースにワガママを言っていたのを思い出す。
「アルフィ~、肩揉んでよ~」
「私だって疲れてるのよ?」
「いーやーだー! 揉んでくれなきゃ暴れちゃうぞ?」
「はいはい、どっちが年上なんだか・・・」
しょうもなしにアルフィリースが揉んであげると、そのままアノルンはすやすやと眠ってしまった。
「ちゃんと自分の部屋に戻ってよ~」
とアルフィリースが言っても何の反応も見られず、アルフィリースの方も限界が来ていたので、そのまま折り重なるように同じベッドで寝てしまった。そしてアルフィリースが目を覚ました今も全く気付く様子もなく、アノルンはすやすやと眠っている。
アルフィリースの考えはそこまで及んでいるかどうかは定かではないが、アノルンにしてみれば自分の良人が死んでからおよそ100年ぶりの安眠であった。深い眠りなのも無理はない。
「こうやって寝顔を見てると天使みたいね・・・酒場にいるときからは想像もつかない。うふふ、いたずらしちゃおっかな~」
「・・・そういう趣味だったのですね、さいてーです」
「きゃっ!?」
アルフィリ―スは突然後ろから声をかけられて跳び上がる。いつの間にかリサが後ろに立っていた。
「リ、リサ! いつからそこに?」
「アナタが起きる前からです。リサにしては珍しく、起こすには忍びないと気をつかってそこの椅子に腰かけてました」
「全然気付かなかったよ?」
「だからニブチンだといわれるのです、デカ女。まあ気配を完全に消してましたが」
「タチ悪いよ! それにニブチンとか、初めて言われたよわよ!」
「それより、婦女子の寝込みを襲うとはどういう了見ですか? 恥を知りなさい、恥を」
じゃあリサが今隠した、右手に持っているペンみたいな物で私に何をするつもりだったんだと反論したいアルフィリースだが、矢継ぎ早にリサがまくし立ててくる。
「いくらデカくてモテないからって、そちらの趣味は人間性を疑わざるを得ないのですが? ・・・ま、まさか? 既に昨日シスターを無理やり手籠めに・・・」
「ち、違うわよ! ちゃんとアノルンが起きたら説明してくれるんだから!」
そのとき、う、う~ん、とアノルンが寝がえりをうつ。起きるのかと思いきや。
「うー、アルフィ・・・揉み方上手いね。気持ちいい・・・」
どうやら寝言で昨日のマッサージのことを言っているらしい。どれだけ間が悪いのかアルフィリースはめまいがする思いだったが、変な誤解をされてないだろうなとリサの方を見ると、案の定と言わんばかりにリサがカタカタと震えだした。
「冗談のつもりだったのに・・・け、けがらわしい! 不潔! もうさいてー!!」
「ち、ちがぁう!! ちゃんと話を聞きなさい!」
「聞く耳もちません。そんなにしがみつこうとして、朝っぱらからリサに何をするつもりですか?? リサに触らないでっ!」
リサが魔王から逃げるときよりも速く、全力で逃げていく。アルフィリースも即座に追いかけるが運悪く修道院のシスターに見つかり、
「なんですか? 朝から騒々しい。しかも夜着で外にでるなど・・・これはお説教が必要なようですね!?」
と言われ、アルフィリースは正座で1時間ほど説教をされた。
「なんで私だけ・・・」
と思うアルフィリースがふとシスターの後ろを見ると、壁の影からあかんべーとするリサがいる。アルフィリースは朝から不満が溜まる一方だった。
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実のところ、リサは昨日の会話を全て聞いていたらしい。と、いうより聞こえてしまったと言った方が正しいだろう。
「センサーは感覚が鋭敏ですから。私の場合は気配を感知することに主に特化しているのもありますが、無意識に周囲数十mの音は自動的に拾ってしまいます。まぁリサの能力が全体的に高いせいもありますけど。話を盗み聞いたようで申し訳ありませんが、そのことで貴方達に対するリサの評価は変わりませんので、御心配なきよう」
だ、そうだ。アノルンが不死身だとかなんとか言ったら、普通もっと驚きそうなものだが。余程肝が据わっているのか、あるいはまだ腹の底を見せていないのか。
そしてアルフィリース達は遅めの朝ご飯を取り、出立の用意をした。ミーシアに帰還してリサを送り届けないといけないのだ。
***
「そうか~。アタシ、アルフィに襲われかけたのか~」
「もう、やめてよ!」
荷物を竜に積み込みながら、アノルンが呟く。
「でも、アルフィならいいかなって・・・冗談だけどね。ちょっと、なんで皆私から遠ざかるのさ?」
「お姉さまがそちら側の人だったとは・・・お姉さまと呼ぶのを今日限りで辞めさせていただきます」
まずリサがすたこらと逃げた。アルフィリースにいたっては、無言で後ずさっていく。そしてアルベルトは懐から紙とペンを取り出した。
「ふむふむ、なるほど。アノルン殿は男性より女性の方が・・・と」
「ちょっと、アルベルト。何書いてんの?」
「教会に提出する書類ですが」
「んなこと書かなくていいっつーの!」
「余すところなく報告するようにとの厳命ですので」
「ぐっ。融通ぐらい利かせなよ」
「いえ、騎士の務めですから」
「アタシがコイツにそんなことするわけないだろ? ・・・って、アルフィ? どこいくのさ?」
「いやぁっ、私に触らないで!」
「んなっ! アンタまで!」
「・・・ちなみにリサに触れば・・・斬ります」
「何仕込み刀抜いてんのさ!」
てんやわんやの大騒ぎである。
「(このメンバーの居心地は悪くない・・・でもこのメンバーで旅するのもミーシアに帰るまで、か。アノルンとの二人旅もいいけど、旅の道連れは多くてもイイかも。リサもなんだかんだでいい子だし)」
と、ふと思うアルフィリース。だがアルフィリースがそんな感慨に浸る瞬間、追いかけてくるアノルンに向かってリサがアルフィリースを蹴り飛ばした。
「・・・前言撤回! 待ちなさい、リサ!」
「ぼーっとしている方が悪いのですよ、デカ女」
「このーっ」
「ははは、アルフィ捕まえた!」
その後アノルンに捕まったアルフィリースは、腹筋が限界を迎えるまでくすぐられたのだった。
***
そしてミーシアに着いた一行。まだ日が暮れておらず、街も夜の顔を見せていない。
帰り道はアルフィリースが竜を駆って進んだせいでさらに進度が速かった。縦列を組んでさらにスピードを出すコツをつかんだようで、後ろの竜の手綱を握っているミランダがちょっとチビってしまいそうなくらいの速度で進行したのだった。ご飯も簡単に竜の上で済ませたし、3刻とかからなかっただろう。これは驚異的な速さだった。
そんな皆の驚きをよそに、アルフィリースはしきりに竜とコミュニケーションを取っており、竜と「ク?」「ククァ!」と声真似をしながら言いあっている。一体何をしているのか、周囲には理解不能であった。
そして、「今日の夜は祝勝会も兼ねて、パーっといこう」というアノルンの提案により、食事を皆ですることになった。
「では、リサは一度家に帰ってきます。夕刻の7点鐘までにはここに戻るつもりですので」
「私は一度シスター・ミリィに報告をしてきます」
リサとアルベルトの2人が去っていくと、アルフィリース達にはやることがない。
「どうしよっか、アノルン」
「・・・」
「アノルン?」
「・・・・・・」
「アノ・・・ミランダ?」
「はぁ~い~?」
とてもいい笑顔で振り返るアノルン、いや、ミランダ。
「ちゃんと本名で呼んでよね!」
「だって~ここ何日かで呼び方がコロコロ変わってるんだもん。混乱しちゃうよ」
「むー。まあ確かにそうかもね。私にも責任はあるから、恥ずかしい罰ゲームは勘弁してあげる」
「(まだやる気だったの・・・)」
やや呆れるアルフィリース。そんな彼女を心配そうにのぞきこむミランダ。
「でさ、アルフィ。あんた右手は大丈夫?」
「・・・やっぱわかってた?」
「皆気付いてたと思うけどね。右手、明らかにかばってるし。やっぱり呪印の・・・」
「うん、反動だと思う。日常生活くらいなら大丈夫かもしれないけど、剣は2、3日振れないかも」
「それは結構痛いね。旅をするうえでそんなことになるのなら危険も高いし、呪印はやっぱ滅多なことで使うべきじゃないね。使う前にアタシにちゃんと相談しなよ?」
「ありがと・・・その、ミランダ?」
「うん! 素直でよろしい!」
ミランダがニカッと笑う。ミランダに心配をかけたくないアルフィリースは、呪印の侵蝕がちょっと進んだのは黙っておくことにした。
「で、どうするの? ミランダ」
「とりあえず騒げるところ探そうか。さすがにギルドの酒場はダメだろうし・・・」
「意外と常識あるのね?」
「いや、アタシはむしろアタシ達が行くことで全員がどんな反応するのか見てみたいけどね。それよりリサがかわいそうでしょ。これからもこの街で生きていくんだから」
「そっか・・・リサって私達と来てくれないのかな?」
「アタシもそれは同感だけどね。でもあの子は頑固だから、一回言いだすと聞かないと思うな」
「事情が何かあるみたいだけど、私達じゃ力になれないのかな?」
「こればっかりはね。せめてリサが自分から何か言ってくれないと。根掘り葉掘り聞いても、逆効果だと思うよ? あの子、結構頑固だし誇り高い子だからね」
うーん、と2人で考え出すが、そもそも問題点がわからないのにどうしようもない。
「・・・先にご飯食べる所探すか。アルフィ、なんかあてはないの?」
「そんなこと言われても・・・あ! あるかも」
ミーシアに着いた時、自分に声をかけてきた獣人の男性を思い出すアルフィリース。せっかくだし、様子を見に行ってみることにした。
***
「帰ったか、アルベルト」
「はい、ただいま戻りました、ミリアザール様」
こちらはミリアザールの宿である。ミリアザールがなにやら忙しく書簡をしたためている。
「どうであった?」
「どうせ使い魔でご覧になっていたのでは?」
「ある程度はの。聞きたいのはお主から見て、アルフィリースはどうか? ということじゃ」
「どう? とは」
アルベルトが聞きかえすが、どうもミリアザールにはうさんくさく映ったようだ。
「とぼけるな。なぜお主一人で倒せる魔王を相手に、足手まといの連中をくっつけたと思ってるのじゃ。アルフィリースが暴走した時に、お主が仕留められるかどうか見極めるためじゃろうが」
「私一人で魔王を仕留められたかどうかはわかりませんが」
「謙遜じゃな。調査隊の連中もボンクラではない。ワシの所にも報告はあったし、お主の耳にも概要くらいは届いておったろうよ。実際向うでも一次報告は来ておったろう? その上でお主がそのままアルフィリース達を連れて討伐に行ったということなら、最悪自分一人でもなんとかなると考えてのことじゃろうが。魔王の討伐が何といっても最優先なのは、事実なのじゃからな」
「それは確かに。ただミランダ様に手傷を負わせるつもりはありませんでした」
アルベルトが目を伏せる。ミリアザールはどう声をかけたものか一瞬躊躇ったが、
「気に病むな。お主にとっても初めての魔王戦であったことは事実じゃ。全てが上手くいくわけではない」
「は。ですが、私はそれでは困ります。それに、ミランダ様のことはお気にならないので?」
「それは気になるが・・・ワシこそ本来一介のシスターに気を揉める立場ではない。まあそなたも反省点があるなら次に生かせ。それより話を元に戻そう。アルフィリースはお主の目から見てどうじゃ?」
ミリアザールが鋭い目をする。真剣に問うているようだ。
「・・・今すぐやれば、私が負けることはないでしょう。ただしアルフィリース殿が私を全力で殺しに来れば、私など一ひねりであるかと」
「そこまでか?」
「なにせ剣と魔術ですから。私も多少魔術は使いますが、あの魔力は尋常ではない。マスターもご覧になったのでは?」
「いや、それがアルフィが呪印の力を解放した時に思念が乱れての。どうやって倒したかは見ておらん」
「魔王が抵抗する暇も無いほどの魔術の三連撃でした。私は魔術に詳しくありませんが、かなり上位の魔術を用いたのではないかと」
「ふーむ、まあアルドリュースが呪印で封印するくらいじゃからそのくらいはやるか。んで、ワシが仮にアルフィリースと戦うとしたらどう思う??」
ミリアザールはやや意地の悪い質問をした。だがアルベルト真剣に考え、そして・・・
「アルフィリース殿の方が強いかもしれません」
「なんと?」
この返答にはミリアザールが驚いた。ミリアザールは内心、その可能性もあるかもしれないと思いつつも、それを他人から言われるとドキリとする。
「なぜそう思う?」
「魔王を一ひねりにしたとき、それでもまだ全力ではないようでした。あの時使える全力はあれだったのかもしれませんが、もし彼女が周りのことも自分の後先も考えず大暴れしたら、単体で彼女を止められる者が世界に存在するかは疑問かもしれません。その代償として彼女は命を落とすかもしれませんが」
「そこまでヌシに言わせるか・・・」
「特に普通ではないのがあの殺気。昔ミリアザール様の全力を見せてもらいましたが、戦闘の経験値は貴女が上でも、出力は彼女が上かもしれません。正直、呪印を解放したアルフィリース殿に私は足が震えました」
「なるほど」
ミリアザールは思わず腕を組んで、むむ、と考え始めた。
「(なぜあれほどの力を持つ者が、生まれつきから目も付けられず放置されていたのか・・・詳しく調べる必要があるかもしれんな。いけすかん奴だが、魔術教会の代表に会っておく必要が出てくるか)」
ミリアザールは魔術教会の代表の顔を思い浮かべる。どうにも苦手な人間だが、とりあえず自分に敵対する人間でないことがわかっているだけ、まだいい。アルフィリースの件は、放置できない問題に発展するかもしれないと考えるミリアザール。あるいは既に手遅れなのかもしれない。
「ミリアザール様、彼女は放置されるので?」
「なんじゃ? お主、あ奴を斬ったほうがよいとか考えておるのか?」
「個人的にそういうことは好みません。が、貴女の命令は全てに優先しますので」
「そのように不服そうな顔をされて言われてもな。ワシはそんな無茶な命令はせんよ。ただ、あらゆる事を想定しておいた方がいいと思っただけじゃ。たとえばミランダとアルフィリースが戦う、とかの」
「それはそうかもしれませんが・・・」
口では従いつつも、かなり不満そうな顔を前面に押し出すアルベルトを見て、ミリアザールはニヤニヤする。どうやらアルベルトもアルフィリースを気に入っているらしい。
「それより、お主達がうかれて騒ぐ前に行っておきたいところがある。付いてこい」
「御意」
ミリアザールはアルベルトを伴い、外に出て行くのだった。
続く
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