開戦、その171~真冬の戦場㊸~
人間ほどもある巨大な蟻たちは、巨大な鎌のような降格とキチキチと鳴らしながら、レクサスたちに向けて威嚇行動を開始した。
リゲラが彼らの頭を撫でながら、ゆっくりと愛しそうに紹介する。
「あんた、良い戦士だなぁ。殺すのが惜しくなっちまうだよ。ちょっとオラとまぐわって、虫を宿してみないけ?」
「残念っす。あんたがカラミティじゃなきゃあ、お友達くらいにゃなれたかもしれないっすけど」
「そうかぁ、残念だ・・・じゃあ、頭だけでもオラの傍に飾ってやるとするべ!」
リゲラがレクサスを指差すと、一斉に虫たちが動き始めた。雪で多少足をとられるとはいえ、人間よりは余程早い。カナートはダリアを抱えて脱出するのは無理だと瞬間的に判断し、ダリアを下ろす。
同時にレクサスはカナートの目を見て、その場に留まるように訴えた。この場で生かすべきは、ダリア。その情報は、ここに攻め寄せた仲間にとって有益になるだろう。そしてカナートはダリアの安全を守るために、ここに残すべきだと考えた。
「ざっと20。ま、このくらいなら」
レクサスはブラックホーク内でも、これだけは誰にも負けないと自負する能力がある。それは持久力。かつて死神と呼ばれた時の一件もそうだが、レクサスはその気になればほとんど休憩なく三日三晩は戦うことができる。
肉体の打たれ強さにも自信があるが、それ以上に疲労しない体の使い方が上手い。ベッツはそれを指してレクサスに目をかけているのだが、レクサスはほとんどそのことを意識することはない。
慣れない洞穴を一昼夜で抜け、既に100を超える相手を打倒しておきながら、レクサスは微塵も疲労を感じていなかった。
「相変わらずの体力お化けだな、あいつ」
寒冷地での戦闘に疲労を感じていたカナートが、地上と変わらぬレクサスの戦闘力に舌を巻く。
レクサスは蟻のような虫に攻撃をさせ、頭が下がったところで確実にその頭を落としていった。
「思ったよりは固くないっすね」
硬そうな外皮も、節目を狙えばそうでもない。いくつかの虫の頭を落としたところで、そろそろリゲラに斬りかかれそうかと思い、ちらりとその様子を見る。そこでリゲラが口元を歪めたのを見て、レクサスの警戒心が一段階上がった。
「――っ!」
頭を落としたはずの虫が、突然襲い掛かってきた。リゲラの表情から危機を察してすんでのところで躱したレクサスだったが、かなり際どい間合いだった。下手な食らい方をすれば、一撃で致命傷となる攻撃だ。
頭を落としたはずの虫が、次々と起き上がって来る。これでは敵が減らない。
「一部の蟻は脳を持たず、女王の命令を純粋に聞くだけの兵士と化すんだ。知っていただか?」
「いいえ。俺、そういうのに詳しくないもんで。ま、それでも」
レクサスが少しだけ腰を落とすと、向かってきた蟻の一体の脚を3本ほど落とした。蟻はなんとか立とうとするが、三本もの脚を落とされてはすぐには体勢を修正できない。
レクサスはその蟻の横っ腹を蹴り飛ばし、仰向けにしてやると、蟻はもがくだけで役立たずになった。
「ちょっと面倒ってだけで、やりようはいくらでもあるんすよね。蟻を弄って遊ぶのなんて、子どもの頃に誰でもやるでしょうし。どうやれば立てなくなるかなんて、想像できるってなもんっすわ」
平然と返すレクサスを見て、リゲラ少しだけ目を丸くした。この戦いを、児戯と並べて語る豪胆さに、さも楽しそうに表情を歪めてみせた。
「いいだなぁ、あんた。どうやったらその涼しい表情が歪むだか? 是非とも見たいべさ」
「すぐに自決でもしてくれれば、嬉しすぎて歪むっす」
「面白いな。あんた、面白いわぁ」
リゲラが手を下ろして隣の2体に襲い掛かるように指示した。全身鎧の虫はゆっくりと動き出し、両手が斧のように変形した斧蟷螂とでもいうべき虫が、音もたてずに迫って来る。
周囲の蟻が数歩下がったところを見ると、巻き添えを恐れたのか。レクサスが油断なく構えると、斧2本が目の前でふっと消えるように加速した。
「!」
「速い」
思わずカナートが声を出すほどの斧の速度。5回の金属音がしたかと思うと、レクサスが2歩下がる。そこに油断なく襲い掛かる蟻の攻撃を、見もせずに避けて返す剣で戦闘不能にした。
小さく息を吐くレクサス。やや前傾姿勢になったところを見ると、強敵と判断したようだ。
「・・・これの亜種みたいな魔物を西側で見たことがあるっすけど、原種ですかね。南方の八重の森の魔物っすか?」
「正解。一応オラたちの分類だと、そこの蟻が兵卒なら、その2体は兵長級だなぁ」
「なるほど――?」
とレクサスが何かを納得しかけた瞬間、全身鎧の虫が爆発的に加速して、レクサスごと屋敷に体当たりをかました。突然の加速に反応する暇もなく、屋敷の壁ごと貫通してレクサスは全身を激しく叩きつけられた。
続く
次回投稿は、3/3(金)13:00です。