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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その169~真冬の戦場㊶~

ダリアはレクサスの言い方にも不快な顔をせず、こくりと頷いた。


「話が早いのは好きだ。他の国では嫌われるだろうがな」

「承知の上っすよ。それより質問があるんすけど、いいっすか?」

「なんだ」

「ここより上、4階と5階に生存者がいる可能性は?」


 レクサスの質問に、ダリアの表情が強張った。レクサスの聞きたいことを、カナートも理解していた。いかに女に飢えているとはいえ、同僚、しかも憲兵の役目にある者に手を出したのだ。女中や、金で雇った女に無体を働くのとはわけが違う。

 つまり、それだけここの連中は飢えていた。それが意味することは――ダリアが俯いたことで、レクサスはおおよそを察した。


「じゃあ別の聞き方で。イェーガーやフリーデリンデ、それにターラムの娼婦たちが、ここにいました?」

「・・・いた。だが身の危険を感じて、同伴していたイェーガーの傭兵たちが何人かは逃がした」

「つまり?」

「残った者が、いや、逃げ損ねた者か。彼らが生きているとは思えない」

「なるほど。最上階には、この館の一族がいますね? えーと、サザン侯爵家・・・」

「サウザン侯爵家だ」

「あ、それ。まさか主君に手を出すほど、ここの陸軍は見下げ果てた連中でしたか?」


 レクサスの遠慮しない言い方に――いや、彼にしては丁寧に言ったつもりだろうが、ダリアの表情は暗かった。


「――私は、そのサウザン侯爵家の傍仕えも兼ねていた。17歳になるお嬢様がいらっしゃった。出陣する父親は疎開を提案したが、本人が母親と共に残ると申し出られたのだ。人質も同然なのに、縁戚とはいえ王家に連なる者が祖国を捨てるとは何事かと。気丈で、貴族としての責務に忠実な御方だった。だがサウザン侯爵家自体が王とは折り合いが良くなく、それは周知の事実だった。だからこの館が陸軍の仮住まいとして提供され、割り振られた連中も柄が良くなくて、侯爵家への礼節など弁えぬ奴らばかりで――お、お嬢様に、あ、あんな、惨い――」


 ダリアは自らに起きたことよりも余程衝撃的だったのか、そのまま嗚咽を漏らし始めた。それを見て、カナートがレクサスに目でやめろと合図する。レクサスも、それ以上趣味の悪い質問をするつもりがなかったが、どうしても聞いておきたいことがあった。


「事情はわかったつもりですが、もう一つだけ。他の陸軍の宿舎がどこか、わかりますか?」

「・・・私はここに来てからはお嬢様と御母堂の護衛が中心だったが、目端の利くイェーガーの者が会話しているのをそれとなく聞いてはいた。いくつかはわかると思う。それに、ある程度身分が高く、陸軍と関連があって、宿舎に割り振られそうな家も」

「それで十分っす。ああ、ついでにもう一つ」

「なんだ、質問の多い奴だな」


 ダリアが眉をひそめても、レクサスはおかまいなく、調子よく質問する。


「食料と燃料の配給、運搬。どこに集積場があって、誰がやってました?」


 レクサスの表情が俄に引き締まった。というか、これが本命の質問だとばかりに鋭い気配が漂った。その豹変に、ダリアが身を竦める。

 今までの質問は、ダリアが信用できるかどうか見極めていただけ。もし嘘をつこうものなら、容赦しないとばかりに剣に既に手がかかっていた。

 カナートはレクサスの言いたいことを理解しつつ、ダリアの肩を力強く握った。自分ではレクサスのようなことはできないと思いつつ、必要だと思ってダリアに答えを促したかった。それを合従軍に答えることが、ローマンズランドにとって致命的になる可能性もあると知りながらも。

 ダリアは口をつぐもうとして、項垂れた。誤魔化すことに意味があるとは思えず、既に自分の気持ちがローマンズランドにないことも自覚してしまったからだ。そうなるように、レクサスが質問の順番を誘導したことにも、気付いていた。


「・・・食料は、竜の飼育場所に分散して保存しているはずだ。もう随分と前から傭兵の分の配給は止まっているはずなのに諍いが起きていない以上、傭兵たちはおそらく独自に保存しているのだろう。既に陸軍と傭兵たちの間は一触即発の状態だ。とても戦争どころではない」

「燃料は?」

「燃料の配給は、王宮から定期便がある。半数以上が王宮に保存され、そちらが優先的に使用されているはずだ」

「半分以上も?」


 その答えに、レクサスが怪訝そうな表情をした。この第三層には何万もの人間が暮らしているはずだ。その燃料と同等の量が、王城にあるというのか。王城にはそれほどの人が暮らしているのか。

 だがダリアも不安そうにそのことを語った。


「第三層への配給が少なすぎると思ったか?」

「ええ、そうっすね」

「誰しもそう思っている。王宮は確かに冷える。ここよりさらに登ったところにあるからな。だが王宮に直接勤めている人間の数は非常に少ない。おそらくは500人以下、いや、もっと少ないかもしれないな」

「なら、なんで。どう考えても、不平等でしょ」

「わからん。食料は妥当な配給のはずなのに、燃料だけは必要以上に保存していて、しかも食料よりも燃料を王宮が管理しているのだ。それに関して異議申し立てをしたが、満足な回答は得られていない」


 ダリアの言葉に、レクサスとカナートも不思議そうな表情で顔を見合わせた。燃料だけを王宮が管理する意味は、たしかに分からないからだ。

 

「じゃあ、竜騎士団がその配給を仕切ってるってことっすか?」

「いや、王命だろう。竜騎士団は関与していないと言っていた」

「そんなの、ちょっと竜騎士団を説得したら、横流ししてくれるんじゃないっすか?」

「いや、違う。竜騎士が王宮から運びはするが、各所への配給そのものは女中たちが運んで来るんだ。竜騎士たちはただの荷運びでしかない。私も元竜騎士団所属で、親しい者も沢山いる。その私がかつての友人たちに確認したから、間違いない」


 その言葉を聞いて、レクサスの表情が変わった。そして険しい表情でカナートに確認をしたのだ。



続く

次回投稿は、2/27(月)13:00です。

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