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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第六章~流される血と涙の上に君臨する女~
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開戦、その168~真冬の戦場㊵~

 カナートはひととおり抵抗する者がいなくなると、部屋の壁で磔のようにされて死んでいる人間たちに視線をやった。おそらく、彼らは凶行を止めようとした良識ある者たち、あるいは立場の弱い者たち。カナートは少しだけ悲しそうに首を振ると、息のある女たちに毛布をかけてやり、まだかろうじて話すことができそうな女二人を抱え起こして水を飲ませようとした。すると、片方の息も絶え絶えな女騎士の方が、口に含ませた水を吐き出したのだ。


「・・・駄目、だ。ここ、の水、は」

「どうした?」

「変、な薬、が。入って、いて。皆、おか、しく」


 かさつく唇をようやく動かし、喘ぐように語っていた女と離れた場所で、先ほどまで男たちに乱暴されていた女が立ち上がって、水差しから直接水を浴びるように飲んでいた。

 その水を飲み干すと、素っ裸の女は足元に水差しを叩き割った。そして先ほどまで傷だらけだと思われていた体が、見る間に再生していくではないか。


「なるほど。エクスペリオン入りの水か。あちらは既に魔王のようだな」

「逃げ、て」


 騎士らしき女がカナートをかばって前に出ようとするのを、優しく口づけをして止めた。呆然とする女に、カナートが自分の水を渡してやる。


「良い女だな、あんた。無事ここから出て元気になったら、あんたの部屋に夜這いに行くよ」

「へ・・・は?」


 こんなことをされた私に何を――と女の声が聞こえきらぬうちに、カナートがいち早く魔王と化した女の側面に回り込む。

 カナートの視界の端には、磔にされた騎士たちが何名も入っている。そのどれもが、大型の包丁ような刃物で磔にされていた。その包丁は皆、形も大きさも同じで、部屋に入ってきた時からおかしいと思っていたのだ。

 

「あんた、料理人か。それとも女中か」

「キィエエエエ!」


 既に理性のない声しかあげない女が、体の前面から刃物を射出してきた。強弓からはなたれる鉄製の矢のような勢いの刃物は、テーブルやそのあたりの死骸を吹き飛ばして壁に貼り付けた。

 それを躱したカナートの衣服が、一部斬り裂かれる。それを見た女魔王は、倍の包丁を射出してカナートを串刺しにした。

 カナートがやられた――そう思った女騎士の目の前で、カナートが残像となってかききえた。直後、女魔王の背後に出現したカナートが、乱れ切りで女魔王を斬り裂く。


「ちっ、固いな」


 だがカナートの刃は通り切らず、女魔王は深手を負うも、まだ立っていた。カナートは舌打ちをすると、くるりと振り返った女魔王に向けて不敵に笑った。


「すまん、任せる」

「色男は面倒くさがりっすね」


 女魔王の背後から聞こえた声に女魔王が反応する前に、脳天に剣がひたりと当てられる。それは斬るのではなく、まるで童の頭を撫でるようにそっと置かれた剣。

 直後、剣がぶれたかと思うと、剣は女魔王を両断していた。それでも油断なく女魔王を乱れ切りにすると、その間からレクサスが現れた。


「なんで寄り道してるんすか。一直線に上に行ってくださいよ」

「まだ息のある女がいたものでな。見捨てておけると思うか?」

「ええい、こんな時まで女漁りっすか。この色ボケ」

「お前と違って、俺はモテるんだよ」


 不敵に笑うカナートに殴りかかるそぶりをレクサスが見せたが、カナートはそれをゆるりと避けて、先ほどの女騎士に軽食と水を与えた。

 少しだけ落ち着けたのか、女騎士がふぅと一息ついたところでカナートが質問した。


「さて、あんたに質問がある。できるだけここから多くの人間を助けたいと思うが、何が起きたか話してくれるか?」

「――あなたがたは、合従軍だな?」


 女騎士が油断なくカナートとレクサスを睨んだが、カナートは肯定も否定もせず、レクサスは呆れたと言わんばかりに両手を上げてポーズをとった。


「だとしたら、どうだ?」

「私はローマンズランドの軍人だ。ローマンズランドに不利になることは言いたくない」

「あんた、本当に良い女だな。ここまでされてまだ、ローマンズランドに忠誠を誓うか」

「その物言い、そなたは傭兵だな? 土地に忠誠を誓うことのない傭兵にはわからないかもしれぬが、ここは我々の祖先が血と汗の上に勝ち取った大地なのだ。それを奪いに来る輩に恩があるからと、おいそれと情報を渡すわけにはいかん」


 ぷい、と女がそっぽを向いたので、レクサスが「変わるか?」と目で訴えたが、カナートは目でそれを止めた。レクサスがルイ以外ならば女にも容赦しないことを、カナートは知っている。


「あんたがローマンズランドの台地を愛していることはわかった。だが、ここまでする陸軍を愛しているわけではあるまい。そこで磔にされたのは、心ある同僚じゃなかったのか」

「・・・」

「この戦はそもそもからしてまともじゃあない。それはローマンズランドに限らず、合従軍やその他の国でも同じことだ。ああそうさ、俺たちは傭兵だ。だからこそ、このイカれた戦争をなんとかしたいし、俺たちみたいなのが何とかできる思っていることも事実だ。無駄な死人は少しでも減らしたいんだ」

「だが、後ろの男はそう思っていなさそうだぞ?」


 女騎士がレクサスを胡散臭そうに見たので、レクサスは二歩ほど下がって見せた。


「正直、俺は全部殺した方が面倒がないって言ったんっすよ。でもそこの色男は、本当に助けるつもりのようで。ま、俺としても殺しが趣味ってわけじゃない。無理なく助かって、それが俺たちに有益なら協力しましょう。それに、ちょっと気になることもできたんでね」

「気になる?」

「それはおいおい。それより早くしないと、下にいる人は正直俺らより気が短くて、危ないかもしれない人なんっす。早いとこ、ご自分の有益性を示してくださいな。でないと、笑顔で首を刎ねられますよ?」

「レクサス、お前なぁ」


 レクサスのぶっきらぼうな言い方に、カナートが辟易した表情となったので、女騎士はふっと笑った。


「傭兵は正直だな。だが、その方が裏表がなくていい」

「こいつは馬鹿なんだよ」

「馬鹿とはなんっすか、馬鹿とは」

「事実だろ?」

「ダリアだ」


 女騎士が名乗ったので、カナートは目をぱちくりとさせた。


「ダリア=エスカル=セヴリース。元来の身分は子爵だが、父が功を上げて一時的に伯爵と同程度の権限を与えられた。私自身は騎士公として、軍内では監査役に相当する」

「そうなると、伯爵令嬢には相当するわけっすね。そうなると、陸軍じゃなくて竜騎士団の方に配属が普通じゃないっすか? 軍の規律が乱れた時に憲兵なんて真っ先に殺されそうなのに、よく生きてましたね、あんた」

「詳しいな」

「傭兵生活も長いとね」


 少し目を丸くしたダリアに対し、レクサスが当然のように返事をした。



続く

次回投稿は、2/25(土)13:00です。

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