開戦、その166~真冬の戦場㊳~
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レクサスは夢中で剣を振り続けた。抵抗する者、命乞いをする者、諦めたように項垂れる者、楽しみの最中に訳もわからず死んだ者、色々いたが、昔の通りだった。
かつて千人斬りをした時もそうだったが、余計な音は一切が彼の周囲から消える。当時だって、最初こそ臨時報酬が目的だったが、途中からはどうでもよくなっていた。自分の力はどこまで通用するのか、剣一本でどこまでいけるのか。若い時分はそれが知りたかった。相手のことは、一切考えられなかった。彼にとって、世界とは自分に優しいものではなかったからだ。
だからこそ、千人斬りを達成した時、認めてほしかった。その特別な功を無視されると分かった時、目の前の連中を切り捨てた。何をしても誰も認めてくれはしないのかと。その後各地を彷徨い、ベッツにぶちのめされるまで、なんと空虚だったことか。
ベッツとヴァルサスを見て、流石に勝てないと思った。同時に、これだけの化け物が何の野望も持たず傭兵をすることに興味をもった。どうして士官しないのかと聞くと。
「あぁん? 宮仕えなんて面倒なだけだぜ。自由気ままに剣を振るって生きるのは、楽しいぞ?」
とだけベッツに返された。ヴァルサスは無言だったが、ある日、
「剣を振るうことだけが俺の生きる意義だ。その他の事は知らんし、俺のことをどう思うかは周りが勝手に決めればいい」
とそっけなく言われた。何かを求めて剣を振るうわけではない。ただ、彼らの中には確かに彼らにしかない信念と、自由があった。だからこそ、あんなに強いのかと。
ずっと彼らと歩むわけではないかもしれない。だけど、しばらく彼らと一緒に剣を振るってみたい。そう考えたレクサスはブラックホークに入隊し、ある日ルイと出会った。
ルイは強かった。だが、それ以上にがんじがらめに見えることに、ルイそのものが気付いていないようだった。かつての自分を見るようだったが、頑固なルイは自分では決して認めないだろうと感じた。
その懸念はベッツもヴァルサスも同様だったのか、レクサスはしばらくルイと一緒に剣を振るってみてもいいかと提案すると、そう勧められた。そうして2番隊が出来上がったわけだが、なぜ今そんなことを思い出すのか。
良くない徴候かもな、とレクサスがふと感じた時、自分の剣が受け止められて、反射的に後ろに飛びずさっていた。
「・・・アリストさんっすか」
「できれば剣を向ける前に気付いてほしいものだ」
アリストは口では不満を訴えたが、さほど気にしてもいないようだった。レクサスの剣を一度受け止めるくらいは余裕なのだろう。油断ならない騎士、いや、殺戮者の類だと感じたが、それ以上は追求せず、剣と返り血を一度拭うことにした。周囲には、既に生きている敵の気配はない。
「何人くらい斬ったっすか?」
「50人くらいか」
「こっちもそのくらいっすかね」
「人質は?」
「いないっす」
「こちらもだ」
レクサスは、自然に顔をしかめた。自分はエクスペリオン、それにカラミティの存在から判断して生かすべき人間がいないことを把握したが、アリストの向かった方向には生きている人間がいたはずだ。それも確証もなく殺したというのか。
レクサスの不快感を感じ取ったのか、アリストが全くわるびれもせず言い訳をした。
「生きている者はいたが、凍傷で四肢が使い物にならなくなっていた。だから引導を渡してやった。それ以外も酷いことになっていたしな」
「・・・あんた、嫌な奴だって言われませんか?」
「最近では誰も遠慮して言わなくなったが、自覚はある」
「やっぱり嫌な奴だ」
レクサスの言い方に、アリストが笑った。
「忌憚ない意見をありがとう。たまに騎士団以外と組むのも悪くない」
「あんた、騎士じゃない方がいいっすよ。傭兵に転向したらどうっすか?」
「アルネリアは私を監視下に置いておきたいのだ。私もそれで納得している。最高教主にも言われたよ。お前は欠落者だ、だからこそ帰依するものがあった方がいい。自分が生きているうちは、その対象になってやってもいいと。その通りだと思うから、そうしている」
「最高教主が死んだら?」
「さあて、あまり考えたことがないが――別に帰依するものがなければ、アルネリアにさしたる未練もないかもしれないな」
ふっと寂しそうに笑ったアリストを見て、レクサスはふと思った。この騎士に苛立つのは、自分に似ているからなのか、と。もし自分もブラックホークやルイがいなければ、このアリストとどこが違うのだろうと。自分だって、ただの殺戮者に過ぎなかったくせに、いつの間にいっぱしの人間のつもりになったのか。
そうしているうちに、彼らは一階玄関のホールに出た。そこで再度、彼らは同時に違和感を感じていた。
続く
次回投稿は、2/21(火)13:00です。