開戦、その165~真冬の戦場㊲~
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レクサスは、一直線に厨房に向かった。理由は3つ。まずは自分たちの飲食の確保、そしてエクスペリオンがどのように使用されているか。そして、厨房に人がいないわけがないからだ。
いかに速度が重視される状況とはいえ、安全な飲食が確保できるなら、ある程度の持久戦も選択肢に入れることができる。この寒さでは、井戸水は使えまい。ならば氷や雪を熱で溶かして飲むことになるだろうが、煮沸せずに飲む湧き水の怖さをレクサスは知っている。ものによっては、飲めば臓腑が爛れてしまう冷泉にも出会ったことがある。
水が合わない、とはよく聞く言葉だが、知らない土地に行って戦うことの怖さの一つは、飲食が体に合わないことだ。水分の補給がままならない土地で腹を下せば、3日と経たず脱水で動けなくなることもある。
胃腸が頑丈なことは、良い戦士の条件でもある。レクサスはたいていの水は問題としないが、それでも仲間の分となると慎重だった。
レクサスは厨房に近づくと、足音と気配を一層消して様子を窺る。端にはゴミの山が積まれ、中には炊事に従事するはずの男たちと兵士が、集団で女を嬲り者にしていた。中では火が焚かれ、何かの料理が作られている最中だったが、中で行われる行為にも、その料理の匂いにもレクサスは嫌悪感しか覚えなかった。
料理人たちの表情は、恐怖と狂気に濁っていた。愉しんでいるのは、数名の兵士だけ。その状況を理解すると、レクサスの頭の中に兵士を人質にするという選択肢は消えていた。
「へっ!?」
間抜けな声を上げたのは、宙に舞う兵士の首。切れ味見事なレクサスの一閃で、血すら噴き出ない。レクサスが汚物でも扱うように乱暴に体を蹴飛ばすと、地面に転がってからようやく血が流れだした。
料理人たちは呆然として、何が起きたか理解することもできないようだった。そのうちの一人の顔面をとりあえず殴り飛ばすと、料理人たちが我に返る。
「え・・・誰?」
「傭兵だ。5つ数える間にその粗末なモノをしまって身なりを整えろ。できなきゃ斬り落とす。1、2・・・」
レクサスの有無を言わせない対応に、慌てて料理人たちがズボンをはいて整列した。レクサスはほとんど衣服をまとっていない女中に、その辺の敷布をかけてやる。
「まだ正気っすか?」
「ひっ、ひぐっ」
「それどころじゃないっすよね」
レクサスは女中を励ましたり、慰めるようなことはせず、さっさと次のことを考えた。普段ならともかく、今は時間が惜しい。
レクサスは大鍋の中身を剣で指して、料理人たちを睨んだ。
「これの中身、『誰?』」
「そ、それは――」
言い澱む料理人に向けて、レクサスの剣が消えた。すると、料理人の耳が落ちていた。
「ひ、ひゃあ――」
「そういうの、いいから」
叫びかける料理人の口の間に、レクサスの剣が差し込まれた。あやうく舌を斬り落とされるところだった料理人は、恐怖で固まった。
レクサスの視線が、隣の料理人にうつる。
「で、誰?」
「よ、傭兵です」
「どこの?」
「多分、イ、イェーガーの女傭兵で」
「誰の命令?」
「陸軍士官の――誰かはわかりません」
「ふぅん? お前たちは協力的だから生き残ったのか?」
「それは、やむなく――」
厨房の端のゴミ捨て場には、彼らの同僚が来ていただろう衣服も『ゴミ』と一緒に積み重なっていた。料理台の上には、青い結晶をまぶした料理が散乱している。
経緯はどうあれ、もうこの料理人たちも「踏み外している」ことには違いなかった。
「少しは、悲しいと思うか?」
「当たり前だろ! 誰が好きでこんなこと――」
「そうかい」
レクサスの剣がきらめくと、綺麗に彼らの肋骨をすり抜けるようにして、突きが彼らの心臓を貫いた。
激痛に蹲る彼らに向けて、レクサスは言い放つ。
「仕方なかったなんて言わせねぇ、抵抗することもできたはずだ。それすらもしないなら、せめて仲間の後を追ってやれ。心臓から血が流れ出て死ぬまで、せめて見殺しにした連中に祈ってやるんだな。少なくとも、エクスペリオンなんぞを使った罪は重い」
レクサスは気が重くなった。エクスペリオンの恐ろしい所は、料理などの混入しても効果を発揮するのではないかと言われている所だ。ブラックホークである程度確保したエクスペリオンで実験したところ、割と少量でも小動物が魔王化した。人間がどのくらいの投与量で魔王化するかはわからないが、この料理人たちも魔王化のリスクを考えると、生かしておくわけにはいかなかった。
レクサスはさらに泣きじゃくる女の方に歩み寄ると、ぼりぼりと頭をかいた。
「ひっく、ひっく」
「あー・・・そろそろ鳴き真似を止めてもらっていいっすかね?」
レクサスのその言葉に、ぴたりと女の震えが止まった。その顔はまだ俯いたままだ。
「あんた、カラミティの分体でしょ? こんなことして楽しいの? それとも、あんたとは関係なく陸軍って暴走してる?」
「・・・関係ないって言ったらどうするの?」
「いや、何も変わらないっすよ? ただ俺の気分の問題でね。少しは罪悪感を感じた方がいいのか、それとも容赦なく残酷になっていいのかどうか」
「あなた、いいわ。とても残酷で――好きになりそう!」
顔面を甲殻類の口のように変形させた女が、飛びかかってきた。だが女が顔を上げた瞬間、レクサスの剣が何度も閃き、女の体を八つ裂きにしていた。そのまま勢い余った女の体は、煮えたぎった大鍋の中に突っ込んでいった。
「まともな人間は残っていないと判断した方がいいっすね。単純でいいけど、ちょっと骨が折れるかなぁ」
レクサスは首をコキコキと鳴らすと、目をすっと細めて自らのスイッチを入れた。カナートはともかく、自分の目に入った連中は皆殺しにするしかない。これは他の奴らにはさせられないと、彼の中で覚悟を決めていた。
続く
次回投稿は、2/19(日)13:00です。